人的資本経営時代に求められるリーダーの役割とは

コンサルティングハウス プライオ 代表 大須賀 信敬 (組織人事コンサルタント/中小企業診断士・特定社会保険労務士)

■プロフィール
中小企業の経営支援団体で各種マネジメント業務に従事後、 2007年4月に組織運営及び人的資源管理のコンサルティングを行う中小企業診断士・社会保険労務士事務所「コンサルティングハウス プライオ」を設立。『気持ちよく働ける活性化された組織づくり』(Create the Activated Organization)に貢献することを事業理念とし、組織人事コンサルタントとして大手企業から小規模企業までさまざまな企業・団体の「ヒトにかかわる経営課題解決」に取り組んでいる。
一般社団法人東京都中小企業診断士協会及び千葉県社会保険労務士会会員、ISO30414(人事マネジメント)リードコンサルタント/アセッサー。

オフィシャルサイト https://www.ch-plyo.net

採用の失敗を防ぐ 適性検査HCi-AS

■ 寄 稿

はじめに

 「人的資本経営」という用語を耳にすることが多くなった。企業経営の分野では「人的資源」という概念が馴染み深いが、「人的資本」は「人的資源」とは異なる考え方なのだろうか。また、「人的資本経営」では、リーダーに求められる役割が従来の経営スタイルから変わることはあるのだろうか。今回はこれらの点を概観してみよう。

人材は「資源(リソース)」から「資本(キャピタル)」へ

 従前の企業経営では、人材はヒト・モノ・カネ・情報という4大経営資源のひとつに位置付けられることが一般的だった。そのため、「人材は安定的な経営活動のために消費する “リソース” であり、それに要する金銭は “コスト” である」との認識が経営の根底に根差していた。

 これに対して人的資本経営では、人材を “資源(リソース)” ではなく “資本(キャピタル)”と捉える。「人材こそが企業競争力の源泉である」との考えを基盤に持ち、人材の価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上に繋げる経営のあり方が人的資本経営だといえよう。

 このような概念が注目を浴びた背景には、企業価値の主要な決定要因が有形資産から無形資産に移行してきた点がある。企業価値に占める資産割合の国際比較データを見ると、2015年時点で米国企業は無形資産84%、欧州企業は同71%であり、有形資産の占有率を大きく上回っている(令和4年版通商白書/経済産業省)。一方、わが国企業の無形資産の割合は31%であり、欧米諸国に比してかなり低位である(同白書)。

 このような事情を踏まえ、無形資産である人材は「経営の根幹を形成する “資本” のひとつであり、極めて重要な投資対象である」との認識が持たれるようになった。「投資による人材資本の価値向上は、組織価値の向上を促す」。これが企業の持続的成長を実現できる経営様式として、人的資本経営が注目を集めるようになった所以(ゆえん)である。

経営戦略に連動し、多様性を活かす「人材戦略」

 人材の価値を最大限に引き出すための投資は人材戦略を策定して実施するものだが、人的資本経営の人材戦略には大きな特徴がある。企業の経営戦略から導かれることである。

 人的資本経営では、自社の「存在意義」と当該意義に要する「人材の在り方」を明確に定義する。そのため、「存在意義」を実現するための経営戦略と「人材の在り方」を実現するための人材戦略とが、強力に連動することになるのである。

 また、人的資本経営における人材戦略では、次の5つの視点を加味することが必要になる。

  • ①目指す経営戦略の実現に向け、多様な個人が活躍する人材構成を構築する
  • ②個々人の多様性が組織変革・事業成果に繋がる環境を構築する
  • ③人材の在り方について、目指す将来と現在とのスキルギャップを埋める支援施策を持つ
  • ④多様な個人が主体的・意欲的に取り組める環境を整備する
  • ⑤時間や場所にとらわれない働き方を可能にする

 上記のように、人的資本経営における人材戦略では、属性の多様性や働き方の多様性など、組織メンバーの多様性が活かされる戦略が策定される。この点が「人材の価値を最大限に引き出して中長期的な企業価値向上に繋げる」ための大きな原動力のひとつとなるものである。

トップマネジメントに求められる「コミットメント」

 人的資本経営に基礎を置く企業でのリーダー層の役割のうち、特に重要なものは2点ある。

 1番目は、トップマネジメントによる「コミットメント」の役割である。経営戦略に連動した人材戦略を遂行するに当たっては、経営者自身が積極的に関わり、全ての責任を持つことを全社的に表明することが何よりも重要といえる。

 人材戦略は「人事部門の業務」との認識を持ち、戦略策定・遂行に関わりを持とうとしないトップマネジメントは少なくない。人事部門も同様の意識下で業務を行う傾向が強いようだ。

 しかしながら、人的資本経営における人材戦略は経営戦略と大きく連動した施策である。そのため、戦略が高い実効性を発揮するには、経営者自身が策定と遂行にイニシアチブを発揮することが条件といえる。トップマネジメントがこの役割を果たさなければ、策定された戦略は画餅に帰す可能性が高くなるだろう。

ミドルおよびロワーマネジメントは「管理」から「支援」に

 2番目は、ミドルマネジメントおよびロワーマネジメントによる「メンバー支援」の役割である。人的資本経営下における中間管理職層や監督者層の役割としては、それぞれの部門メンバーが円滑に業務を遂行できるよう「支援」することが非常に重要となる。

 これまでの経営様式では、組織メンバーに同質性を求めるケースが多かった。同じような経歴・背景を持つ社員を同じような手法で採用・教育し、それらの社員を同様の基準に当てはめて「管理」をするというスタイルが頻繁に採用されてきた。

 しかしながら、人的資本経営における人材戦略では、前述のとおり人材の多様性に重心が置かれる。多様な背景を持つ人材が機能的に配置され、それぞれの特性に応じた能力発揮が期待されるのである。

 異なる背景を持つ人材が主体的・意欲的に各々の業務に取り組むには、さまざまな環境整備などの「支援」を精力的に実施する役割が必要といえる。「管理」的な役割が全くなくなるわけではないが、多様性に富むメンバー個々のスキルや知識・経験を十分に活かせるよう「支援」をするという意識が鍵になるであろう。

 「管理志向」よりも「支援志向」。これが、人的資本経営におけるミドルおよびロワーマネジメントの役割の方向性といえる。

 人的資本経営下におけるリーダーの役割は、従前の経営様式と同様に非常に大きい。各リーダーが個々の役割を明確に認識の上で組織運営に貢献すれば、自社のあるべき姿の実現も可能になるであろう。

オフィシャルサイトhttps://www.ch-plyo.net

【参考】

経済産業省:通商白書2022

経済産業省:人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~


2025年1月17日

採用の失敗を防ぐ 適性検査HCi-AS

人材開発・育成 に関連する記事