優良会社に共通する社員が生き生き働く仕組み 〜23年間の取材活動で見つけた経営の王道とは〜

ジャーナリスト・中小企業診断士 瀬戸川 礼子氏

 弊社お客様向けのヒューマンキャピタル勉強会を6月18日に開催しました。講師に、ジャーナリストの瀬戸川礼子氏に登壇頂きました。瀬戸川さんは全国各地の優良会社を取材、延べ2,500人以上の経営者やそれ以上の社員と会われています。また、2012~13年度には経済産業省「おもてなし経営企業選」の選考委員を務められました。
 おもてなしの原点ともいえる、旅館の女将さん取材では第一人者として、旅行新聞社から書籍『女将さんのこころ』が出版されたばかりです。当日は、映像も紹介いただきいい会社に共通する仕組みや、社員を大切にする事例を大変丁寧にお話頂きました。当日の講演レポートです。

■ 講 演

講演の中でお話のあった本「顧客満足の失敗学」同友館

【はじめに】

 みなさま、こんにちは。ただいまご紹介いただきました講師の瀬戸川礼子と申します。今日はたくさんの、100人近いでしょうか、お越しいただき光栄に思っております。
 私は取材や講演などで、全国いろいろなところに行っておりまして、47都道府県すべてに赴き、現在2周目です。これも残り3県となりました。
 普段は企業取材が主体ですが、ライフワークとして旅館の女将さん取材も23年やっています。ちょっと宣伝になってしまいますが、このたび55人の女将さんを紹介した『女将さんのこころ①②』が旅行新聞新社から出版されました。社員教育やおもてなしの原点についてご興味があれば手に取っていただけますと幸いです。
 さて、取材先は上場企業から小さな会社までいろいろなところがあるんですけれども、どんな規模でも、どんな業種でも、成功のコツは同じだなあと、常々、肌で感じています。今日はそんな中から、何か1つ2つ、いや3つくらいはこれをやってみよう、という話をお持ち帰りいただけたらと思います。メインテーマは、社員が生き生き働く仕組み・やりがいについてです。業種業態問わず大事なことであり、私はこのテーマに一番関心があります。

 最近は、つくったモノを数値化して評価したり、他社との比較を大事にしていた風潮から、目に見えないもの、例えば後ほど詳しくお話ししますが「おもてなし」や「やりがい」といった数値化できないものを大事にする風潮が強まってきました。
 実際、日本のGDPの7割はサービス業関連が占めるようになりましたし、日本全国で働いている人の7割はサービス業に所属しています。こういう現状もあり、成果物を数値で評価するだけでなく、もっと本質的な、人間力といった目に見えないものが仕事に付加されていく重要性が認識されるようになりました。そこに力を入れる会社がこれからはどんどん脚光を浴びていくだろうと私は確信を持っています。

【「従業員」ではなく「社員」】

 今日のテーマである、生き生きとした社風づくりの具体的な話の前に、従業員と社員、この言葉について考えたいと思います。私は3冊目の本、『顧客満足の失敗学』からは「従業員」という言葉を使うのをやめました。なぜなら「従」という漢字には、「従わせる者と従う者」という上下関係がすでに組み込まれているからです。
 「従わせて生業をやらせる=従業員」という言葉は、社員の主体性や自立性を求める思いとは裏腹です。従わせながら、生き生き働いてもらうことはできませんから、私は「皆が会社の一員である」という意味で、正社員もパートも「社員」という言葉で統一しています。もし、この意見に賛同いただけるなら、社員とか仲間とか、従業員以外の呼び方をしてもらえたらと思います。

【おもてなし】

 さて、私が2期選考委員を務めました経済産業省の「おもてなし経営企業選」ですが、国もこういうことに目を付け始めたのは非常に良いことだと思います。「おもてなし企業選」なんていうと、旅館やお店といったサービス業をイメージされますが、業界の垣根なしであらゆる企業が対象です。「おもてなし」は、東京オリンピック誘致の際、滝川クリステルさんのプレゼンで一躍全国区になった言葉ですよね。
 おもてなしには2つの語源があると言われています。1つは「もってなす」、もう1つが「表なし」です。前者は、これは私の解釈ですけれども、「まごころを持ってよりよい人間関係をなす」、そして後者は言葉通り「裏表ないですよ」という意味です。また、「おもてなし」とは、「たとえ気づかれなくても、それでもしてあげたいと思う見返りを求めない心」だと私は思っています。
 おもてなしは、お客さまに対して行うイメージが強いですが、2つの語源を紐解くと、実はそうではないことが分かります。会社が社員にしても構わないですし、部下が上司にしても構わない。あらゆる人間関係に活用できる考えなのです。
 おもてなし経営企業選では、3つのおもてなしを基準に選考しました。「お客さま」は言うまでもなく、「社員」におもてなしをしていますか、「地域」におもてなしをしていますか、の3つです。
 中でも重視したのは「社員へのおもてなし」です。一般的に聞かない言葉ですよね。これは、ようこそと出迎えることでもなければ、お茶を出すことでもありません。私たち、この会場にいる全員が働いているわけですけれども、みなさん働いていて一番大切なものはなんだと思いますか。逆に言うと、これがないと働くのは辛いだろうな、というものは? それは人間の尊厳に関わるものだと私は思うんですけれども、「やりがい」ではないでしょうか。何のやりがいもなく働くことほどみじめなことはないと思うんです。
 やっぱり、やりがいがそこにはあるから明日も会社に行く。ちょっと辛いことがあってもがんばろうと思う。やりがいとは例えば、自己成長を感じられる、周りに認めてもらっている実感、人の役に立っている実感、働くチームが好きだという思いなどです。きっと、辞めてしまった人の多くは、やりがいを失ったのではないでしょうか。ですので、社員へのおもてなしとは、やりがいを育むことや、そうした社風づくりのことを指します。

【おもてなしとホスピタリティー】

 おもてなしは、英語ではホスピタリティと訳されますが、実は両者には大きく違う点があります。ホスピタリティで有名なのはディズニーランドですけれど、アメリカのディズニーランドのレストランではチップが存在します。何かをしてあげたらお金が発生する。それは欧米の文化ですから何の問題もありません。一方、日本にはチップがない。ここが相違点で、つまり見返りを求めずに何かをやってあげられる文化があるのです。これは高尚な精神ではないかと思います。
 ではなぜ、見返りもないのに期待以上のことをしてあげられるのかといえば、それは「相手の幸せを自分も幸せに思える」、そんな気持ちがあるからではないでしょうか。あなたがハッピーだったらもう充分ですと思える。だから、たとえ相手が気づかなくても良いのです。
 おもてなしは、する側とされる側、双方が敬い合ってこそのものですが、ともかく見返りを求めない点に真髄があるように感じます。
 では、見返りもないのに値段に含まれないことをする人は損するかというと、そうではない。やっぱり人って、そういう人間、そういうお店、そういう会社が好きですよね。常に損得の計算をしている人と付き合いたいですか? そうは思わないですよね。

【大切なのは組織内の関係の質】

 20年以上さまざまな会社を見てきましたが、特に活気がある組織は「人間関係の質」が高いことが特徴です。そして、そこに「感謝」の心がある点も共通しています。お客さまへのありがとうの前に、まず社員同士がありがとうと言い合っている。私は社員満足、お客さま満足、業績と3本柱がそろった会社ばかり見ているので、そこには感謝がエネルギーとなって満ちているのを感じます。
 取材先では感謝し合うことが多いんですけれども、ある時、「感謝」を広辞苑で引いてみました。すると、こう書いてありました。暗記しているのでそのまま言います。「感謝とは、ありがたく感じて謝意を表すること」。つまり、どんなに思っていても、表わさなかったらそれは感謝じゃないですよと、逆説的な言い方もできます。表現しなければ思ってないのと同じです。
 例えば、この人は本当に魅力的だなあとか、この会社は本当に好きだなという存在がみなさまの周りにもあると思いますが、ちょっと想像していただけると、だいたい表現が上手ではないでしょうか。何の言葉も発しなかったり、顔色ひとつ変えず何を思っているかさっぱり分からない人のことを、魅力的とは思いにくいですよね。寡黙で渋いイメージの高倉健さんは生前、感謝や励ましの手紙をたくさんの人に送られていたそう
です。愛される人はやはりしっかり表現しているのだなと思いましたし、その優しさに感動しました。

【会社は「仕事」と「人間」から成り立っている】

 今日は、職場・会社の話をしていますけれども、会社や職場は2つの要素で構成されています。何と何だと思いますか? それは、「仕事」と「人間」です。
 仕事はさまざまあり、今日もいろいろな仕事の方が来てくださいましたが、仕事とは概念なので、手に取って見せることはできませんね。勝手に動いたり、しゃべったり、ひとりでに質が高まったり、落ちたりはしないわけです。そこにいる人間が、普段何を考え、どんなことをしゃべり、どんな行動をとっているか。これによって仕事や会社は変わっていきます。今、みなさんの会社の社員を全員入れ替えたら、全く違う会社になるはずです。
 では次に、おもてなし経営の会社、人から愛される社員が生き生きとしてる会社にはどのような人間がいると思いますか? 一言で言うと「人間力」のある人がいるのです。人間力とは、本来私たち一人一人が持っている力です。
 人を思いやる力、微笑む力、共感する力、聞く力とかそういったことです。そして、一人の人間にさまざまな人間力があればあるほど、一つの組織に人間力を持った人がいればいるほど、その組織は生き生きとしてきます。
 やりがいを育んでいる会社は、社員主導の勉強会開催、近隣の子どもたちを招いて体験学習会を開き、教える社員も成長する、全員で読書発表会をする、毎週昼休みに全員でバーベキューをする、社員の子どもが会社に来る逆参観日を設ける、泊まり込みの合宿をするなど、本業とは直接関係のないことに注力しています。
 これは、そのプロセスを通じて人間力を高めているのであり、また組織の人間関係の質をも高めているのです。業績という結果は、それを通った先にあって、人間関係の質が低いまま結果だけを高めることはできません。たとえ一時期は高まっても、継続は難しいでしょう。

【社員の幸せの方が大切】

 社員が生き生き働く会社の話をしてきました。まだまだ多くの経営者は、業績が下がった→それは困る→お客様満足を高めよう→ついでに社員満足も考えよう、という思考です。しかし私は、社員の幸せが先だと思います。そもそも会社は、働く人の幸せのためにあると考えているからです。
 幸せな社員が、お客さまを幸せにする、結果として業績も良い。だから、永続的に繋がっていくというのが、これからの会社の在り方であり、社会から求められ、生き残れる会社像だと考えます。確実にそういった会社があり、特に中小企業の中から増えてきているのです。
 ご清聴ありがとうございました。

インサイト No.43
2015年9月24日

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