12.これからの人事・人事制度のあるべき姿

はじめに

 これまで人事に関わる各制度について詳しく説明しました。まとめとして、本稿ではこれからの人事機能のあり方、その役割について述べていきます。関連記事があるキーワードにはリンクを貼っていますので、よろしければあわせてご覧ください。
 人事の本題に入る前に、企業戦略の必要性についてです。人事は企業に企業計画・事業戦略があって、はじめて機能します。ここでいう企業戦略とは、会社の事業をどのような方向へどのように進めていくかを年度ごと(年次計画)に、あるいは数年にわたり明示した計画(中長期計画)です。人事のための人事はありません。人事は、人を使って企業目標を達成するために社員の採用、配置、教育、留保などを行いますので、根幹の企業戦略がないところには、人事計画は作れません。企業戦略は、会社の進路を明確にし、全社員と共有するための最も重要な目標です。企業戦略が無い会社は、海図を持たずに航海に出る船のようなもので、無事に航行できるか定かではありません。もし会社に企業戦略がなければ、その作成を社長・マネジメントに進言するのが、人事幹部の役割だと思います。
 企業は、企業戦略に基づいて人事戦略を策定します。人事戦略は、さらに人事のサブシステム、すなわち、等級制度、採用制度、評価制度、昇格・配置制度、報酬制度、研修・育成制度、組織風土改革に分けられます。

1.人事制度の改革前に着手すべきこと

 以下、2つにわけて説明します。

1-1.人事機能の見直し・再構築

 人事機能の見直しの第一歩は、人事がその中核・コア業務に特化・フォーカスするための、人事機能自体の選択です。これを行うためには、まず人事業務の棚卸しを実施し、重要性の原則およびコスト/パーフォーマンスとの比較で、非効率な業務を見直し、存続させる項目と廃止する項目に分類します。次に、存続項目はさらに内部に残す項目と外注化する項目に分けます。この選択は、企業規模、社員数、業種等により一律には決められませんが、一般的な選択基準は、企画、プロセス改善、創造性を必要とする機能を残し、反復、画一的業務は自動化あるいは外注化することです。人事機能として残すべき主な機能は、制度の創設・改善、および社員のデータ管理等が含まれ、自動化、外注化等により外部に出す業務は、給与計算・社会保険事務、福利厚生事務、勤怠管理事務、一部の採用、研修・育成業務等があります。

1-2.主要人事プロセスのDX・統合

 今日多くの会社で、社員の属人的データ、報酬関係データ、業績評価履歴、配属履歴、研修受講履歴等は別々に管理されています。これでは、社員一人一人を個別にマネージするには、不必要に多くの時間がかかります。社員のデータを一元管理するには、データの統合・DXが必要です。さらに、オペレーショナルな部分はDXします。人事がそのコアな業務に特化できるようにするためです。

2.これからの主要人事制度に求められる姿

 以下、制度ごとに説明します。

2-1.等級制度

 等級制度は、企業組織・人事組織のバックボーンです。それを欠いた組織は、速やかに同制度を構築すべきです。等級制度は、成果・貢献度・能力をベースにしたものが良く、それを最も実現しやすい制度が役割等級制度です。等級制度を新設する場合は、ぜひとも役割等級制度をベースにしてください。既存の制度が役割等級制度でない場合は、同制度に改訂するのがよいでしょう。

等級制度の解説も、あわせてご覧ください。

2-2.採用制度

 採用とは、現有人材と望ましい人材配置のギヤップを測定し、認識し、そしてそれを充足する仕事です。今までは毎年4月の一括新卒採用が主流でしたが、それが通年個別採用になり、さらに部門別、職種別採用になりつつある状況下で、人事主導の採用から、部門・職種主導の採用に変わります。今後、希少で優秀な人材(AI 、IT、バイオ等関連)の採用競争がますます激しくなる中で、妥当な待遇条件を提示できるのは人事です。さらに、ダイバーシテイ・異文化志向への対応なども人事が主導的に行うべきものです。それ以外でも、採用のサポート業務は人事が担うべきですが、これらの業務は出来るだけ外注化すべきです。採用部門、人事、外注先間でどのように業務を分担するかを決めるのも、人事の役割となります。また求人案内の作成、配布、書類選考プロセスの確立、面接者の決定、面接プロセスの設定等は、引き続き重要な人事の仕事です。

採用制度の解説も、あわせてご覧ください。

2-3.評価制度

 評価を紙ベースで行っている会社も多いと思いますが、評価プロセスもDXを比較的容易に行うことができます。評価項目の決定、評価表(フォーム)の作成、自己評価者を含めた評価者への配信、結果のチェック、集計、最終評価の決定、本人への評価結果の通知等、ワンプロセスで実施できます。評価プロセスのDXは、管理職および人事担当者にとって、かなりの事務作業の軽減になります。さらに、DXにより被評価者、評価者、承認者のどこでプロセスが滞留しているかが分かり、必要な催促メールの発信等により、評価プロセス全体の進捗管理が行えます。このようなソフトを提供している会社は数社以上あり、自社の評価項目の数、社員規模等を勘案して、最適な提供会社を選択できます。

評価制度概論総合業績評価制度目標管理制度の各解説も、あわせてご覧ください。

2-4.昇格・配置制度

 今日までは、昇格、異動は主に人事部が中心となって実施してきました。今後も、引き続き人事が一定の昇格・異動を主導しますが、各部門が中心となって実施されて行くと思います。そうなりますと、人事は昇格・異動のサポートと、ジョブポスティングの実施管理業務が中心になります。このような状況においては、人事が中心となって行う業務は社内の主要ポストの後継者選抜・育成です。これは、一般的にタレントマネジメント呼ばれているもので、社内主要ポストの後継者、またはそのまた次の後継者を見出し、育成するものです。この仕事は部門内にとどまっていては十分な効力を発揮できず、全社的、部門横断的に実施することによって、初めて効果が得られます。そこで、組織横断的に関与できる人事の役割となります。

配置制度の解説も、あわせてご覧ください。

2-5.報酬制度

 成果・貢献度の多い社員が、より多くの報酬を受け取る制度にすべきです。報酬計算は、業績評価結果に応じた昇給率、およびボーナス支給率等をあらかじめインプットすれば、自動的に給与やボーナス金額が算出されるソフトも存在し、DXしやすい分野の一つです。

  • ①基本給
    毎年の業績評価結果と基本給の昇給率を連動させる必要があります。毎年の昇給率は、会社の業績、業界や社会経済情勢などを勘案して決定しますが、平均昇給率の決定後、評価結果に基づいて、高評価者には平均を上回る率を、低評価者には平均を下回る率を設定します。業績に応じた基本給の段階的昇給は報酬制度の要です。
  • ②賞与他
    賞与は目標管理評価結果に基づいて支給すべきです。賞与は、通常直近6カ月ないし1年間の各人の目標達成度合いに応じて支給されます。賞与も基本給と同様に、当該期の会社業績、業界業績、社会経済情勢を勘案しながら平均支給率・額を決めますが、高評価者には平均を上回る金額を、低評価者には下回る金額を支給すべきです。

報酬制度の解説も、あわせてご覧ください。

2-6.研修・育成制度

 研修・育成制度の目的は、現有人材を戦略的に望ましい人材にキャリア・アップさせることにあります。リスキリングはそのための一環で、今後益々重要になる機能です。今までは会社が社員の受けるべき研修を、役職や職種別に決めてきました。社員は会社の目標達成のために、そして個々人に与えられた仕事の完遂のために、必要な研修を受けさせられてきました。これからは、社員それぞれが、自分の能力・知識を意識的に磨き、自らの可能性を高めて行くこと、すなわち自らの成長は自己責任になり、会社はその支援(学習の機会の提供、資格取得支援等)をする役割を担います。したがって、人事は一定の研修を社内で提供すると同時に、必要に応じて外部の研修機関等を紹介できる情報を持つことが重要です。
 研修・育成に関して大切なことは、研修をやりっぱなしで終わらせず、その効果を測定する制度を組み込むことです。研修効果は、直接測定できるものは少なく、それだけ困難ですが、可能な限り数値化することを勧めます。数値化できる項目は、社員満足度調査結果、顧客満足度調査結果、社員の資格取得数、離職率の増減などです。

研修・育成制度の解説も、あわせてご覧ください。

2-7.組織風土改革

  • ①組織
    「組織は戦略に従う」という論理に従えば、組織を所管する場合が多い人事は、戦略が変わるごとに、組織を検証し必要に応じて変更しなくてはならなりません。どのような戦略であれ、基本的に言えることは、フラットな組織、権限の下部への移譲、物理的勤務場所の多様化、社員の多様化を前提にした組織改革が必要とされます。ここで見落としてはならないのが、十分なコンプライアンス機能とチェック(牽制)機能を組織に組み込むことで、社内外で生じる可能性のある不正や非効率を防ぐことが出来ます。
  • ②風土
    風土改革は、これこそ人事しかできない仕事の一つです。改革の第1歩は、社員の共通の目標に向かう求心力を高め、社員満足度の向上を図ることです。さらに企業には今後ますます企業を取り巻く社会、顧客、社員、株主、供給者、地域社会、環境等に配慮したバランスの取れた活動が求められます。このような活動を行うためには、企業の存在意義を明確にする必要があります。そのために存在するのが、ミッション、ビジョン、バリューです。

今後、会社は財務関連情報のみならず、非財務観連情報、とりわけ人的資本情報の開示を求められます。その内容、数値の収集、管理報告はISO 30414に示されています。風土改革の成果を報酬に結びつけた制度がバランス・スコアカード(BSC)です。

組織風土改革の解説も、あわせてご覧ください。

おわりに

 人事は改革待ったなしの状況に追い込まれています。
 長い間人事は、組織内でも最も安定した(変化の少ない)部署でした。これからは、最も変化(進化)する部署にならなくてはなりません。人事部員は発想の転換が必要です。組織に追従して行くのではなく、リードしていく立場にならなくてはなりません。その方向は、DXとイノベーションです。DXは反復単純作業で、できれば、人がやりたくない作業を自動化することです。究極的には、働きやすく、自己実現ができる、物質的、精神的両面で満足できる働く環境を創造するのが目標となるべきです。そのためにどうしたらよいかを根本から考え、実現するのが人事の役割だと思います。そう考えますと、未来の理想的な労働環境創出に、最も寄与できるのが人事です。これからの人事は、今まで以上に会社組織の中で中核を占めます。そうしますと、必然的に人事部スタッフは会社組織の中の主役になります。人事の皆さん、どうぞそのような気概を持って進んでください。