10.研修・育成制度

はじめに

 社員の育成は採用の困難さの対抗手段としても重要な会社施策の一環です。それにも関わらず、このような制度を持たない会社が、中小企業を中心に多く見かけられます。社員の育成には時間と費用が掛かり、又その効果が現れるのに時間がかかるのが普通です。それだからこそ、社員の育成は計画、運用、事後のチェックの全ての段階を計画的に実施する必要があります。

1.研修の種類と研修計画の設定

 研修の種類と研修計画の設定については以下の4つがあります。

1-1.階層別研修

 階層別研修とは職位別研修で、部長研修、課長研修、新任管理職研修等です。
階層別研修はおおむね同職位の社員を対象にした研修なので、各職位の社員が必須に保有すべき知識、スキル及び管理能力等の習得を目的に行います。

①上級管理職研修
 部長クラスを対象とした研修です。このレベルの社員には、既に部や部門を率いている人が多く、従って研修内容も経営者としての人間力、判断力、決断力、コンプライアンス力等を求める内容となります。上級管理職は特に多忙ですので研修中に中断されることが無いように、職場ではなく職場を離れた多少の遠隔地で、研修に集中できる環境を整えることが大切です。

②中間管理職研修
 課長クラスを中心にその上下の職位の社員に向けた研修です。このクラスは新任からベテランまで年代、経験年数等が広いのが特徴です。会社の実際の遂行力、達成力、エネルギーは彼らに負うところが大ですので、このクラスの研修はいかにして仕事の能率を上げられるか、そして部下の生産性や協調性をいかにして高めて課やチームの成果を上げるかなどがテ-マとなります。

③初級管理者研修
 初めて部下を持つようになった社員が対象です。このレベルの社員の多くは今まで個人として単独で働いてきた人たちで、個人で働く限り非常に優秀な人もいます。しかしながら部下を持つことは、自分とそれらの人々を加えた総力が問われ、個々の和をそれ以上にしなくてはなりません。このように個からチーム又は課単位の思考に変革させるのが研修目標となります。

④中途入社社員研修
 中途入社社員は様々な職位で入社します。彼らの経験、知識、スキルも同様に多様で、これら多様な人々を一つのクラスで研修するには自ずと限界があります。そこで、これらの対象者には、必要最小限の会社情報の提供に留めます。内容は、会社概況、会社の沿革、組織、主要部門の活動、主な役員・部長の紹介、就業規則の主な項目の説明、コンプライアンス関連項目の説明、パソコン操作・使用ソフトウエアーの説明、経費・旅費精算方法等の説明など、実務的な内容が中心になります。上記内容を一日で行うのが、効率的です。上記内容に各部門長による当該部門の現況、未来展望などを加えるのは望ましいですが、それを行うには更に一日程度は必要となります。このクラスの社員には、別途必要に応じて後述の職種別研修を行う必要があります。

⑤新卒社員研修
 新卒社員には上記④の項目に更に部門長や課長クラスの講義や、営業所や工場の見学を含めます。中には一部実習を含める会社もあります。従って、新卒研修は、1週間から数カ月の期間を考慮すべきものです。会社は業務内容や会社規模により、最適なプログラムの組み合わせを考えると良いと思います。

1-2.職種(専門分野)別及び共通項目別研修

①職種(専門分野)別研修
 職種別研修は専門分野別研修で、営業職、製造職、管理部門職、研究開発職等それぞれの専門知識やスキル、あるいは実習を通じた実務の習得を目的とするものです。職種により数週間から数カ月を要しますが、そのような期間、実務から完全に離れることは、現実的に難しい場合が多いと考えられますので、一定のまとまった期間を数回に分けて行うか、あるいは半日ずつ行う等、業務に支障が少ない日程を設定するのが肝要です。

②共通項目別研修
 どの分野の社員にも共通に必要と考えられる項目の研修です。語学(主に英語)研修、PC 研修、コンプライアンス(セクハラ・パワハラ講習を含む)研修、ダイバーシティ(多様化)研修などです。これらの中で、セクハラ・パワハラ講習は最近とみにその必要性が高まっています。その理由はセクハラ・パワハラの判断基準が明確でなく(被害者がそのように感じたら成立するので、被害者の感じ方による場合もある)、明らかな場合を除いて、どのような行為がハラスメントになるかを知るには通常講習等でしか学べないからです。共通項目別研修は、社外の学校や講師に外注するケースが多いと思いますが、一部の研修(例えば語学)は毎週1回など常設することが必要なものもあり、運営管理をしっかり行っていく必要があります。

1-3.OJT(オ-ジェーティー)

 OJT(On the Job Training)は会社内の様々な現場における研修です。社内でかつ実際の部署での研修ですから、効率的であると同時に非常に効果的です。然し、ラインの管理職が指導者となることが多いので、管理職にとっては業務的、時間的な負担がかかります。又行き当たりばったりの指導では効果が薄いので、事前に当該部門と人事部で、指導内容等を明記した研修プログラムを作成することが必要です。

1-4.e-ラーニング

 社員が隙間時間を活用して学習できるe-ラーニングを利用する企業が増えています。長所は、費用が安いこと、社員が学習時間を自分の生活パターンに合わせて自由に設定できること、又学習レベル、時間的ゴールを自分で決められること等柔軟に取り組める点です。短所は、会社側からの指示がない限り、学習の計画や実行が個人に任されるため、予定通リ履修を完了しない社員がでることです。

2.会社研修と資格取得

 学習する上で資格取得はある意味で、学習者の目に見えるゴールとなりえます。社員にとっては、資格取得はより高位の職種や役職に就く条件となる場合があり、昇進や昇給の可能性が増えます。又会社によっては、特定の資格に資格手当を支給する場合があります。特定の業種や職種で国等が設定した有資格者の在籍が義務付けられている場合は、その条件を満たす上で会社にとって有資格者の誕生は歓迎です。

3.会社の支援

 ほとんどの会社で資格取得を推奨していると思いますが、制度として設定する会社は多くありません。資格取得は上記した通り会社、社員双方にとって有利なことですので、制度として明文化することを勧めます。その場合次の項目を設定します。

①会社が取得を支援する資格名のリストの公表
 会社はあらかじめ支援する資格の公表をする必要があります。もし社員からリストに漏れた有用な資格取得の申請があれば、その都度人事部で検討の上追加します。

②費用の負担割合
 種々のケースがありますが、外部の学習費用の一定割合(例えば50%等)を学習終了時に支給する、資格取得後に本人の申請により一定額の報奨金を一時金として支給する等です。特定の資格には、月次手当として支給する会社もあります。

③応募資格
 応募資格を多く設定している例は見ませんが、入社後一定年数後等はあります。又同時に業務に支障がないように応募可能数を決める必要があります。

④学習休暇の付与
 会社にとって必須の資格取得のためには、試験の準備のため又受験日に有給休暇を付与するケースがあります。休暇の付与は非金銭的支援の最も有効な支援です。

4.研修計画・予算の作成及び研修費用の管理

 育成研修の重要性からして、研修予算の作成及び業務計画への算入が必要です。研究開発費と同じく売上金額、または人件費の一定比率を研修費として計上する会社もあります。又実施予定の研修項目ごとの予算金額を積み上げて、総予算額を決定する会社もあります。いずれにしても、研修項目別の予算を作成し、必要があればそれを部門別に集計して、部門研修予算を作成します。その上で必要があれば、予算の負担を人事部と該当部門で配分します。
 研修費用の管理については、項目別・部門別研修予算と実績を比較し管理するのが大切です。最終的には社員一人当たりの研修金額をモニターし管理するのが分かりやすく、容易であると思います。研修計画・予算の作成及び管理は人事部が責任を持つのが適当です。

5.研修・教育効果の測定

 研修効果の測定は、直接行うことは非常に困難です。しかしながら、効果の及ぶ範囲は広いので、数値効果及び非数値的効果を総合して判断します。

①数値化できるもの
社員満足度調査結果の変化
顧客満足度調査結果の変化
社員の資格取得数
英語検定試験などの増加点数

②直接数値化できないもの
社員の生産性の向上による売上増加や利益増加
社員の効率性の向上による残業時間削減等の経費の削減等
離職率の低下
応募者数の増加率

6.社員ごとの教育記録の保管

 社員個人ファイル(電子ファイルも含む)には必ず各社員の研修記録を保管することが必要です。この記録は、職務異動や転属、昇級・昇格及び新たな研修の機会の提供等に利用できます。

7.研修の内製化か外注化か

 内製化か外注化かの判断基準は対象社員数によります。100人未満の組織では、一般的に外注が得策であると考えられます。何故なら内製化するためには、社内講師の養成が必要となり、それら講師を配置する必要から、費用対効果で有利になることは難しいからです。ただし、社員数が数百人規模になりますと何らかの形で研修担当社員を配置することが望ましいです。

おわりに

 日本経済新聞2022年8月17日朝刊の記事によりますと、日本の人材投資額はGDP比0.34%(2010-2018年)で、英国(1.5%)以下1%を超えるドイツ、フランス及び米国に比べ、極端に少なく劣位にあります。企業の付加価値の源泉は設備などのハードから人材が持つ知識・スキル・ノウハウなどのソフトにシフトしつつあります。其の意味で、企業の人材投資の重要性がますます高まっています。今後日本が国際社会で、指導的立場を保持するためには、人材投資への大幅な増加を切に望みます。