2.ジョブ型人事制度とその設計方法

はじめに

 日本では2010年ごろから、ジョブ型人事制度を導入する企業が大企業を中心に出て来ましたが、2018年以降、経済団体連合会(経団連)がメンバーシップ型制度の限界を唱え、ジョブ型制度を推進する方向性を明確に打ち出したことによって、この流れが定着しつつあります。IT 業界における専門職人員の需要増、コロナウイルス感染症下のテレワークの普及、男女雇用機会の均等や賃金格差の是正、などもジョブ型人事制度の普及に寄与していると思われます。
 ジョブ型人事制度は、会社に必要なジョブ(仕事・職務)と、ジョブの価値を明確にし、ジョブに合う人を配置、採用、育成し、ジョブの価値に応じて報酬を払う制度です。ジョブとは、より具体的に言いますと、1人の社員が責任を負うあるいは担当する仕事・職務です。従ってこの制度で最も重要なのは、特定のポジションに適した専門性の高い人材、すなわちスペシャリストであり、即戦力になる人の採用・配置をすることです。この制度はジョブに人をつける制度であり、そのためにはジョブの仕事内容があらかじめ明示されていることが必要です。ジョブの仕事内容を明確にするためには後述の職務記述書(Job Description/ JD)を準備する必要があります。

1.ジョブ型人事制度の特徴

 この制度においては、事前に職務内容を明記した採用が行われます。採用基準の中で、最も重要視されるのは特定の業務に関するスキルや実務能力です。採用活動の時点で就かせる職種を決め、それに最も適した専門性の高い人材を募集するスぺシャリスト志向、即戦力志向の考え方に基づいた制度です。其の特徴は以下です。

  • ①会社が求める特定の業務を遂行できることを最優先して人材を採用します。
  • ②一般的に学歴、年齢や勤続年数よりも、求める実務的知識、スキル及び実績が重視されます。
  • ③職位及び給与は入社時に該当等級により決定されます。
  • ④昇級(格)、昇給等は担当業務の成果に対する評価で決定されます。
  • ⑤異動は会社の任命による他、社内公募により行い、どちらの場合も本人の同意が必要です。

2.職務記述書(Job Description/ JD)の内容及び位置づけ

 前述のように、ジョブ型人事制度は、ジョブに人を付ける制度ですから、あらかじめジョブの内容が示されていなければなりません。其の内容を明記した文書が職務記述書(JD)です。その中には、職務の名称、勤務地、指揮命令、役割・使命、主要職務、財務責任、必要とする知識・スキル、必要とするあるいは望ましい経験内容・年数等を記載します。JD作成のポイントは、ジョブと人との分離を行い、そのジョブについている現職者の属人性を排除し、様々な角度からそのジョブの職務内容そのものにフォーカスして記述することです。従って、JDは社員個人ごとに規定するものではなく、同一のジョブに就いている社員が複数存在する場合は、それらの社員は同一のJDを適用されることになります。JD の数は職種×等級数によって算出される数だけ必要となります。

 更に、ジョブの役割等級が示されることにより、社内でそのポジションの相対的位置づけも明確になります。JD はジョブ型人事制度の根幹をなす、必須のツールです。経営の観点からは、JDには現状・現在の職務内容に留まらず、未来志向の戦略面を上級職になる程強く打ち出すことが望まれます。JDについての詳しい記述は、職務記述書(Job Description/ JD/ ジェーディー)をご参照ください。

3.ジョブ型人事制度に対比される制度

 ジョブ型人事制度に対比される制度が、従来の日本的雇用システムの主流で年功序列制度とほぼ同意語に使われているメンバーシップ型人事制度です。この制度は、概ね新卒一括採用で、採用時点では職種を限定せず、企業が求める人材像にマッチするか、総合能力があるか、協調性があるか等総合的な人間性を重視します。その上で、入社してから適性などを判断して、担当職務を決定し、その後も異なる職種に配転し、ジェネラリストとして育成します。給与や昇進を含めた待遇も一般的には、学歴、勤続年数、年齢や潜在能力等に応じて決定されます。この制度では、人事部主導の一元管理的異動が行われ、移動命令に従い、その反面定年まで雇用を保証されるのが一般的です。

4.ジョブ型人事制度とジョブ型雇用制度の違い

 ジョブ型人事制度をジョブ型雇用制度と同一視するような動き、あるいは雇用(採用)面のみをジョブ型に変換しようとする声がありますが、ジョブ型人事制度はトータルな人事制度ですので、一部の制度を変えても十分に機能しません。ジョブ型人事制度を構築するためには、まず役割や責任の大きさ、会社に与える影響度の大きさ、知識・スキル、高いコンプライアンス実行力等に基づいた役割等級制度の設定を必要とし、それを基盤に採用、評価、配置、報酬を設定し、さらに組織風土及び研修育成の制度を設定する必要があります。

5.役割等級制度との関係

 ジョブと役割等級制度との関係は、鶏と卵の関係に似ています。どちらが先かはケースバイケースですが、普通は役割等級制度を設定して、それを参考にしながら、ジョブすなわち職務記述書を作成します。役割等級なしで、職務記述書は完成しません。役割等級制度の詳細については、役割(職務)等級制度をご参照ください。

6.評価制度との関係

 評価は、職務記述書(JD)の内容に照らして行います。評価自体は職務記述書とは別に総合業績評価表及び目標管理表を作成して、それらの表に照らして行いますが、評価項目は職務記述書の項目と密接に関係しています。

 総合業績評価表は社員の個々人の業績・パーフォーマンスを評価するためのツールですので、業績評価、情意評価、知識技能評価,能力評価、指導力等に分類してそれぞれの項目を細分化してより具体的に評価できるように設計されています。更に自己評価、1次評価、2次評価欄を設けるなど、より公正な評価制度を確保します。ジョブ型人事制度がスムースに運営されるためには、この評価結果が、後述の配置及び報酬に公正に反映されることが絶対的に必要です。社員が最も重視する昇級・昇格及び給与やボーナスに連結しない評価制度はジョブ型人事制度とはいえません。評価制度の詳細については評価制度概論総合業績評価制度目標管理制度をご参照下さい。

7.配置制度との関係

 配置すなわち昇級、昇格、水平異動は業績評価の結果が反映されるものでなくてはなりません。このことを公正に運用するには、明確な昇降級・昇降格制度の設置が必要です。業績が優れた社員は上級あるいは上格のポジションに昇進させ、業績の優れない社員は下級あるいは下格のポジションに置きます。具体的には、総合業績評価に基づいて最も条件に適合する社員を特定のジョブにつけ、その社員がそのポジションが要求する業績を上げられなくなったら、他のポジションに異動させ、より適格な社員と入れ替えます。現実的には毎年ポジションを入れ替えることは、社員に与えるマイナスの影響や組織の安定の観点から行うべきではなく、社員が特定のジョブで力を発揮できる相当の時間的余裕を与えるべきです。しかしながら、適格とは言えない社員を長く特定のジョブに据え置くのは、より適格者の機会を奪い、組織の適材適所を損ない、組織全体の生産性を低下させます。配置制度の詳細は配置制度をご参照ください。

8.報酬制度との関係

 報酬は業績を反映する結果でなくてはなりません。其のためには評価段階(ランク)に応じた,基本給の昇給率の設定が第一です。例えば、Sランクの社員は5%、B ランクは2%、D ランクはー1%等、メリハリのついた昇給率の設定がすすめられます。次に賞与の設定も社員の個別の業績評価結果、会社の業績結果に関係付けて、同じくメリハリのついた支給設定を行う必要があります。このように社員の報酬を個々の社員のジョブ(仕事)の達成度及び会社の業績の好悪に応じて支給することが必要です。報酬制度の詳細は報酬制度をご参照下さい。

9.採用との関係

 社員を募集する時に、ジョブ型方式で行うか従来のメンバーシップ方式で行うかを明確にすることは応募者に与える重要なメッセ-ジです。ある意味ではここでその会社の人事制度全般を示すことになります。募集時にJDを使用して当該採用ポジションの内容を明示するのが採用面でのジョブ型人事制度です。応募者(被採用者)は就社ではなく本当の意味の就職(会社が採用する特定の職種・職位への)をするのであって、この方式では、会社の期待する人物像と本人が希望するジョブとの間の乖離が最小限に抑えられます。採用制度の詳細は採用制度をご参照下さい。

10.組織風土との関係

 ジョブ型人事制度の下では、プロフェショナル社員を推進しますので、会社風土は社員それぞれがより自立し、各自が自分のキャリアを決め、努力していくことになります。これに対し、会社は社員のキャリア育成を支援し、管理職は必要なコーチング力を保持する必要があります。ジョブ型人事制度の下ではある意味で、より優れた資質(管理力、指導力等)を管理職に要求します。そのためには、会社も今まで以上に管理職教育等を実施して、管理職の育成に力を入れなくてはなりません。組織風土の改革については、本シリーズの次々回に記述の予定です。

おわりに

 ジョブ型人事制度は、大きく分けて成果主義人事制度の一つに入ると思います。ジョブ及び職務記述書(JD)を中心に構成された人事制度であることにより、このように呼ばれているのでしょう。経営者側からも社員からもあらかじめジョブの中身がわかり期待値もわかることで、双方の成果内容や期待するレベルが明確になり、より透明な働く環境を実現することができます。JDはジョブの内容を無機的に規定し、社員は記載されない事項には取り組まない弊害があるとの反対意見もありますが、この点は運用上の工夫で、取り除くことはできます。
 なお、ジョブ型人事制度の名称は日本で普及してきましたが、私の知る限り欧米ではこのような名称は使用されていません。欧米では名前を付けるまでもなく、この制度(あるいは類似制度)が一般的であるからでしょう。