労働トラブルを回避するためのメンタルヘルス不調時の相談対応

榎本・藤本・安藤総合法律事務所 弁護士・中小企業診断士 佐久間 大輔

■プロフィール
1993年中央大学法学部卒業。1997年東京弁護士会登録。2022年中小企業診断士登録。2024年榎本・藤本・安藤総合法律事務所参画。
近年はメンタルヘルス対策やハラスメント対策など予防法務に注力している。日本産業保健法学会所属。
著書は『管理監督者・人事労務担当者・産業医のための労働災害リスクマネジメントの実務』(日本法令)、『過労死時代に求められる信頼構築型の企業経営と健康な働き方』(労働開発研究会)など多数。
DVD「カスタマー・ハラスメントから企業と従業員を守る!~顧客からクレームを受けたときの適切な対応とは~」、
「パワハラ発生!そのとき人事担当者はどう対処する?-パワーハラスメントにおけるリスクマネジメント」も好評発売中。

公式ウェブサイト
「企業のためのメンタルヘルス対策室/事業承継支援相談室」
https://sakuma-legal.com/

■ 寄 稿

はじめに

 人事労務担当者は、従業員のメンタルヘルス不調を予防するため、職場のストレス要因の除去・低減だけではなく、健康障害という変化を早期に発見し、早期の治療に結び付けることが必要だ。相談対応をしても、本人の悩み相談だけで終わることもあるが、業務外のストレス要因であっても親身に対応することが予防に繋がる。本人が抱える問題の解決策が人事労務管理にある場合、社内の規程や手続に則り対応をすることが望ましい。

 業務による心理的負荷が要因となる精神障害事案において、使用者の労働時間管理等に問題があるとして損害賠償責任を認めた裁判例が増加している。従業員や遺族との紛争を解決するには、労使双方ともエネルギーを消耗し、コストや時間もかかる。

 そこで、企業としては、労働トラブルを防止するため、業務上の要因による精神障害において、人事労務管理の態様がどのような場合であれば安全配慮義務違反と認められるのかを見極めなければならない。離婚や借金などの業務外要因や、性格傾向や私傷病などの個体側要因が絡む事案では、使用者としての対応が困難となるが、この対応を誤れば、それ自体が業務上の要因ともなり、安全配慮義務違反が肯定されることがある。メンタルヘルス不調の発生と増悪の両面を予防するため、現状の人事労務管理との間にギャップがある場合は、これを解消する措置が求められる。

 少子化時代の人材難の状況下において、メンタルヘルスケアが継続企業の前提(ゴーイング・コンサーン)と直結することを認識し、人事労務担当者が適時適切な事後対応と予防管理をすることが重要となる。

メンタルヘルス不調発生時の相談対応

 従業員のメンタルヘルス不調をめぐるトラブルを防止するには、下記の取組みが必要となる。

▽ 職場のストレス要因を除去・低減する
▽ 職場のサポートによりストレス要因を緩和してストレス反応の発生を抑制する
▽ ストレス反応が発生してもうつ病などの発病を予防する、
▽ 自殺を予防する

 各段階において従業員の相談対応を行うことが、健康障害の発生・増悪を防止することに繋がる。

 メンタルヘルス不調は人事労務担当者だけで防止できるわけではなく、第一線にいる管理監督者の協力なしには成り立たない。そのため、管理監督者が部下のメンタルヘルス不調を発見した、または部下から相談された場合、その変化に対応するため、まず管理監督者が相談に応じることが望ましい。

 これに対し、人事労務担当者は、管理監督者が行う第1段階での相談対応を支援する役割に回る。メンタルヘルス不調は業務外要因が絡むことがあるので、最初は身近な管理監督者が部下と面談してメンタルヘルス不調を早期に把握した方がよいからだ。人事労務担当者は、管理監督者がメンタルヘルス不調者の相談対応を開始したら、管理監督者や産業医など産業保健スタッフと協議を始め、当該従業員の健康状態を把握した上で、本人のキャリアを踏まえた業務の適性や指示の出し方、人員配置など管理監督者とコミュニケーションを取りながら解決策を検討する。

 ただし、管理監督者自身がハラスメントを行っている場合や、当該従業員が配置転換を希望している場合は、当初から人事労務担当者がメンタルヘルス不調者への相談対応を開始する。

 人事労務担当者が相談対応をする際には、別室で話しやすい雰囲気を作った上で、まずは秘密を守ることを約束する。次に、当該従業員の言い分に耳を傾け、その発言を否定することなく、叱咤激励を厳に慎む。とはいえ、腫れ物に触るように接することも逆効果だ。人事労務担当者は、適宜質問をするなどして本人が抱える問題を把握して整理しつつ、本人にフィードバックする。そして、本人の話から問題発生の原因は何か、解決可能な問題であるかを分析して、解決すべき問題やその手段のうち、どれを優先させるかを検討することになる。人事労務担当者が、問題解決のための手段について助言する、必要な情報を提供する、産業保健スタッフへの相談や専門医の受診を勧めることも、メンタルヘルス不調という変化への対応策の一つだ。
 人事労務担当者は、管理監督者とともに、従業員に対して使用者の安全配慮義務の履行を補助する立場にある。管理監督者はメンタルヘルス不調に関する知識や経験が少ないので、人事労務担当者が相談対応を差配することが必要である。

トラブル懸念時の相談対応

 メンタルヘルス不調となった従業員が損害賠償請求をする意向を示した場合も、管理監督者に任せきりにするのではなく、人事労務担当者が直接対応すべきである。

 人事労務担当者が当該従業員と面談する際には、その主張内容を正確に把握するため、客観的な立場を維持しながら本人の話を聞くようにしたい。その内容を基に管理監督者や同僚からも話を聞いて情報を収集する。また、当該従業員は組織文化や組織風土に馴染めないことから、メンタルヘルス不調になっているので、これを理解しないと本人との信頼関係を構築できない。だからといって、本人と同じ感情を共有すると事実を正確に把握し、冷静に現実的な解決策を模索することができなくなってしまう。

 当該従業員との面談や管理監督者からの聴取など必要な調査をした上で、本人が抱える問題が業務に起因しているか、それとも業務外要因や個体側要因によるものか、またトラブルの火種が燻る背景に人事労務上の問題点があるかを見極める。

  当該従業員が抱える問題が職場のストレス要因にあるとしたら、管理監督者と協議して業務内容や人員配置の見直しをするなどして、労働トラブルを未然に防ぐべきである。

  さらに、人事労務担当者としては、当該従業員の請求や主張の内容は何か、その請求に根拠や証拠はあるか、法律上の紛争となり得るか、どのような手続を選択する可能性があるか、解決は可能であるかといった事項を検討することも必要だ。

 労働トラブルが懸念される場合は弁護士を含めて専門家が連携して人事労務担当者や管理監督者をサポートすることにより、メンタルヘルス不調者の適正配置など人事労務上の措置を講じてトラブルを防止することも検討する。このネットワークづくりが人事労務担当者の役割でもあるだろう。

公式ウェブサイト

「企業のためのメンタルヘルス対策室/事業承継支援相談室」


2024年6月17日

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