「ジョブ型」人事制度 -導入のポイントと注意点-

寿限無(じゅげむ)経営コンサルティング 代表  福田惠一

■プロフィール
金融機関にて営業・融資を担当後、同総合研究所で人事金制度構築コンサルの経験を積み、退職後「寿限無経営コンサルティング」を開業。上場会社総務顧問も経験。経営の観点と社員の双方にとっての望ましい労使関係構築支援のため、人事・賃金・考課制度の整備、人事労務トラブル対応、紛争予防のための社内規程整備、マネジメント研修・ハラスメント研修等社員各層への研修、各種助成金申請支援等に注力。

■ 寄 稿

はじめに

 ここ数年、「ジョブ型」人事制度に関して人事専門誌以外でも取り上げられたり、導入する会社のニュースが新聞に掲載されたりすることが目につくようになってきました。そこで、「ジョブ型」人事制度が注目される背景、その構築の流れを解説し、導入時に求められる発想の転換についてまとめました。

「ジョブ型」人事制度が注目される背景

 現在、様々な業界で全世界に占める日本企業のシェアが、まさにつるべ落としに下がっています。それも、かつては日本のお家芸であった、例えば家電、半導体業界等においてもです。また、日本の時間当たりの労働生産性もOECD加盟38カ国中30位(公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2023」)となっています。労働者の平均賃金も長らく低迷しています。これらは、日本企業がグローバル競争の激化、急速なデジタル化についていけず、世界から脱落しつつあることを示しています。実はこうなった要因が、日本の年功賃金・終身雇用・長期育成型の「メンバーシップ型」人事制度にあるのではないか。この事態を打開するためには、「メンバーシップ型」とは対極にある「ジョブ型」人事制度を積極的に取り入れるべきであるとの考え方が広がりつつあるのです。

日本企業の「メンバーシップ型」人事制度の特徴

 まず、日本における「メンバーシップ型」人事制度の下では、日常的に相互に協力しあい、全員で改善活動に取り組み高品質で安価な製品やサービスを提供できます。個々の「能力」も重視しますが、職場における協調性、「情意面、取り組み姿勢」をより求めます。つまり、メンバーとしての役割発揮を重視するのです。

(1)職務定義や役割分担の曖昧さゆえの強み

職務の定義や業務の分担を明確にせず、状況に応じてたとえ他の社員の業務であっても手を出す、応援する。そのため、しばしば業務が「属人化」し、そのマニュアル化等がなかなか進まない原因にもなります。しかし、「メンバーシップ型」人事制度では、「人に仕事が付く職能給」が用いられることにより、メンバー間でフレキシブルに業務遂行ができるという強みがあります。「仕事に人が付くジョブ給」ではこうはいきません。

(2)「人によって賃金額が決まる職能給」の納得性

職種や職場の異動命令が出たとしても、「職能給」であれば、社員の賃金は変化しません。しかし、「ジョブ給」となった場合、ジョブが変化すれは賃金も当然変化します。賃金が上がる場合は良いのですが、下がる場合は「会社の異動命令に従っただけなのに、賃金が下がるのは納得できない」と考えます。このように、職場や職種の異動が容易にできるというのも「メンバーシップ型」人事賃金制度の強みです。

(3)キャリアパスが不明確になりやすい

日本の多くの社員はキャリアアップといえば、一般的には会社内で「役職」(職階)が上がることと考えます。元々、会社外でも通用するような業務領域の拡大や、それを深化させるキャリアパスには社員の関心は薄くなりがちです。そのため、キャリアパスが示されなくともあまり大きな不満になりません。

「ジョブ型」人事制度構築の流れ

 メンバーシップ型人事制度の下、「Japan as Number One」と称される程の力を発揮してきた日本企業でしたが、今やその強みが逆回転し、グローバルな競争から脱落してしまう危機に瀕しています。ここからの反攻のための「ジョブ型」人事制度、その構築の流れをご紹介します。

(1)「職務記述書(ジョブディスクリプション)」の作成

まず、各社員が担当するジョブを具体的に特定します。具体的には、日毎、1週間毎、1ヶ月毎、四半期毎、1年毎に行う業務を書き出します。そして、担当するジョブの使命・責任の範囲、期待される成果、業務内容、必要な業務経験、学歴・資格等について分析し結果をまとめます。

(2)外部市場を強く意識した職務と整合性のとれた報酬体系

次に、各ジョブに対して「職務の責任や専門性、複雑さ、スキル要求度、負荷や責任の大きさ」等々を評価して、それに見合うジョブ給を設定します。その場合、社内に止まらず、社外の労働市場も考慮した水準とすることが重要です。更には、グローバルな競争力を持たせるとすれば、海外の市場賃金を調査し、海外企業との整合性を図る必要があります。

(3)評価制度の構築と運用

ジョブ毎の目標や成果指標を明確にし、業績評価システムとジョブ給を連動させた制度を構築します。ただし、制度面だけでなく、人材開発を目的として、上司との頻繁なコミュニケーションによる育成やフィードバックを実施する等、運用面も重視しなければなりません。

(4)キャリア自律の実現

「ジョブ型」人事制度においては「どのような仕事につくか」、即ち採用・配置・育成の原則は社員自らが判断するように求めていくことになります。そのために会社は、社員個人が希望するキャリアに挑戦する権利を与えなければなりません。

「ジョブ型」人事制度導入には発想の転換が必要

 日本企業が「ジョブ型」人事制度を導入する場合には、以下に述べる高いハードルが存在します。
そもそも、職務記述書(ジョブディスクリプション)」を作成する作業自体が、日本企業にとっては大変苦手な作業と言えます。社員のジョブを分析し、誰にもわかる客観的な表現やそれをまとめ上げるノウハウが不足している場合が多く、いざ取り組むと時間的人的コストが膨大になる可能性があります。更に、一旦作成するとそれで満足し、職務の変化に応じた定期的なメンテナンスのための手間と時間を惜しみます。そのため、「たな晒し状態」のまま放置されているという場合も少なくありません。

 しかしながら、職務記述書の明示は最も重要な事柄です。会社が本気になって明確にすることができれば、「同一労働同一賃金」の正規と非正規の労働が同一かどうかの判断が容易にできたり、時間外労働の圧縮のためや、育児・介護・病気との両立支援のための業務見直しに活用できたりします。

 また、日本の上司の多くがプレイングマネージャーで、部下のキャリア形成までに関与する時間も余裕もないという不満がでることも少なくありません。しかし、本来の部下育成が実現して組織の力を高めれば、結果的に上司の仕事の負担も軽減されます。
 何よりも、会社が社員の一人ひとりの本来のキャリアアップを積極的に支援し、賃金に率直に反映させることを良しとする、発想の転換が何よりも求められますし、社員にもそれを受け入れる覚悟が必要です。 

 戦後度々、日本の生産性向上を企図して「職務給」と呼ぶジョブ給類似の制度導入に、挑戦した歴史があります。しかし、残念ながら受け入れた会社は少数に止まりました。今回ばかりは、その二の舞とならないよう、会社と社員が一体となって心して取り組むことが必要な時期に至ったと言えます。

<参考資料>

公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2023」


2024年10月4日