人事分野でも重要性を増す「説明義務」

大学卒業後、大手食品メーカーに勤務し、その後労働関係出版社に転職。
2008年社会保険労務士登録。産業カウンセラー。
現在は勤務社労士として、労働関係出版社にて編集、企画業務等に従事。

社会保険労務士 伊藤正和

■ 寄 稿

はじめに

 近時、いろいろな場面で「説明」「説明義務」を求められますが、それは労務の場面でも同様です。
例えばハローワークなどに求人を出す場合は、給料、職種、勤務地、労働時間、休日、勤務形態などの情報を求職者に提示しなければなりませんし、採用時には労働基準法15条で定める事項(給料や労働時間など多数)を説明しなければなりません。

 そして、就業規則で定めた事項は全従業員に「周知」しなければなりません(労基法89条)。最近はほとんどないと思いますが、かつては就業規則の書類が社長室の金庫の中に保管されており、簡単にみられないという会社もありました。これでは到底「説明義務」を果たしているとはいえません。
 さらに、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(略称「パートタイム・有期雇用労働法」)では、正社員と非正規社員との間の「不合理な待遇差」を禁止し、労働者が待遇差に関し説明を求めた場合は、それに応じる義務が事業主に課せられ、今年4月から中小企業にも施行されます(大企業は2020年4月に施行)。

 次のパートでは、中小企業にとって影響が大きいパートタイム・有期雇用労働法に基づく「説明」を求められた場合、どうすればよいかを考えていきたいと思います。

不合理な待遇差を考えると難しい

 そもそも「不合理な格差」とは、どの程度のものをいうのでしょうか。

 これについて、厚生労働省は指針の中で基本給や賞与について説明しています。基本給(労働者の能力または経験に応じて支給するもの)について指針を読むと「基本給であって、労働者の能力又は経験に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の能力又は経験を有する短時間・有期雇用労働者には、能力又は経験に応じた部分につき、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。
 また、能力又は経験に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた基本給を支給しなければならない」としています。

 しかしここで疑問が出ます。具体的には、①能力の評価の仕方、②一定の相違がある場合の「それに応じた」の範囲などです。筆者は学生時代、スーパーでバイトをしていましたが、そこには多くのパート、アルバイト、正社員がおり、当然といえば当然ですが、私と正社員の方との給料には相当な格差がありました。
しかし、新人の正社員の方のやっている仕事は、どう考えても私と同じもの(品出し、お客さんが多いときのレジ補助、バックヤードでの商品整理など)でした。
 当時は「そんなものだよね」と気にもしていませんでしたが、パートタイム・有期雇用労働法に基づき「説明してほしい」と質問したら、どう回答するだとうか?と考えてみました。「彼は正社員だから」では全く説明になっていないので、おそらく「彼は転勤がある」とか「彼は急なシフト変更に応じてもらっている」「今は現場経験を積んでいるだけで、将来は幹部になるから」などになるのでしょうか。  
 一応説明にはなっていますが「それにしても給料の格差が大きすぎる!」になると、金額差次第では問題になるでしょう。しかし、どの段階になると不合理なのか?については、予想ができません。各種手当の待遇格差についても同じことがいえますので、この点で悩むのは不毛な感じがしておりますが、いずれにせよきちんとした説明ができないと、後々大きなトラブルに発展するかもしれないのは確かです。

労働条件不利益変更の「説明」は難しい

 冒頭で労働契約開始時の「説明義務」について触れましたが、労働契約の途中段階や終了段階では、契約開始時以上に「説明義務」が求められる場面があります。
 特に、賃金や退職金の引き下げ、私傷病休職者の復職時の対応、人員整理の場面など、労働者本人にとって「不利益」なときほど、十分な説明が必要です。ある銀行の退職金減額のケースですが、説明会を開き、減額の同意書にサインを もらっていたにもかかわらず「説明不足」が原因で真の同意を得ていなかったことを理由に、減額が無効と判断された最高裁判決などもあるくらいです。
 
 つまり、伝えにくい情報であればあるほど、丁寧な説明が求められることになるわけですが、伝える側からすれば昇進や昇給などのいい情報に比べ、相手にとって不利益な情報であればあるほど、困難度が高まります。

「シナリオ」を作成し説明漏れをなくす

 そこで、条件変更の説明会などの前に「シナリオ」を作成し、話す事柄を整理することをお勧めします。
 この手法は「面接シナリオによるメンタルヘルス対応の実務」(高尾総司、森悠太、前園健司著)からヒントを得たものです。

 事前に説明のシナリオを作成することにより、話し漏れをなくし、また緊張する場面でも冷静に話すことが可能となります。労働条件の引き下げ、メンタルヘルス対応、退職勧奨などを行うことは、説明者にとっては負担が大きく、相手方の対応次第では場が荒れてしまい、十分な説明ができないことが予想されます。
 そのようなときにでも、シナリオに従って説明をすることができれば、少なくとも後で「聞いていない」「十分な理解ができなかった」と指摘される可能性は低くなります。中ほどで説明した労働条件の格差についても、シナリオを作成することで内容を整理し、簡潔に伝えることが可能になるはずです。

説明シナリオを作成、運用する際の簡単なポイントを以下に記します。
 ①面接で最低限説明すべき事項を明確にする
 ②複数人で検討し、作成する
 ③できればシナリオを暗記し、事前にロールプレイを行う

【① 面接で最低限説明すべき事項を明確にする】
 シナリオ作成の目的が説明不足の解消ですので、その面接で説明しなければならない事項を明確にしなければなりません。
 相手が理解できるように、わかりやすい内容とし、必要に応じ説明を補う資料も作成しておきましょう。

【② 複数人で検討し、作成する】
 1人でシナリオを作成すると、どうしても内容に偏りが出てしまいますので、複数人で内容を検討することが必要です。複数の目を通すことで、より精緻なシナリオが作成できます。

【③ できればシナリオを暗記し、事前にロールプレイを行う】
 ③はかなり重要です。面接中に多少メモに目を移すくらいならいいのですが、本を音読しているような感じになってしまうと相手に悪印象を与えてしまい、うまくいくはずの面接が失敗してしまうかもしれません。
 また、事前にロールプレイをしておくことで、自分がどこでつまづくのか、どのセリフが言いにくいのかが理解でき、改善することが可能になります。

「説明義務」を果たし、無用なトラブルの回避を

 どのトラブルでもいえることですが、初期段階で芽をつむことが重要です。そのためには、必要な事項を的確に説明することが、これまで以上に求められると思います。皆様が説明責任を果たされ、無用なトラブルの防止に本稿が少しでもお役に立てば幸いです。

【参考文献】
『面接シナリオによるメンタルヘルス対応の実務』(高尾総司、森悠太、前園健司著)(労働新聞社)
『退職勧奨と雇用調整の超実務』(日本イグジットマネジメント協会著)(労働新聞社)


2021年3月8日