16.離職率改善のための諸施策
はじめに
退職の原因は種々あります。給与が低い、労働時間が長い、公正な評価が受けられない、休暇が取りにくい、キャリアアップが望めない、業務上のストレスが多い、パワハラ・セクハラがある等です。それ以外にも、本人や家族の事情によるものもあるでしょう。どのような原因の退職にしろ、状況を改善するためには、個人及びその家族の固有の理由の場合を除き、原因を突き止め、改善策を立てて、その原因を取り除く必要があります。本稿では、はじめに離職率の定義から、なぜ離職率を下げなくてはならないかの理由、そして、本論の離職率改善のための諸施策までを見ていきたいと思います。
1.離職率とは?
先ず初めに離職率とは何かについて説明します。離職率の法的定義はありませんが、一般的には、ある一定期間にどれくらいの離職者が出たかを表す比率で次の式で表します。
離職率 = 一定期間に退職した人の数÷従業員数×100
ここで良く用いられる数字は以下の通りです。
一定期間に退職した人の数 = 1年間に退職した人の数
従業員数 = 年初の従業員数
ただし、その年度中の中途採用者及び定年退職者は参入しません。
2.なぜ離職率を低く抑えなければならないのか?
離職率を低く抑えることには種々のメリットがあるからです。社員の持つ知識スキルの保持・社内蓄積、補充のための総採用費の抑制、社内の落ち着きのなさの回復・維持等です。その中で退職者が出た場合の補充コストが、表面に出ないコストを含めた定量的に把握できるコストのなかで最大です。採用費用には直接費用(採用代行費や人材紹介費、広告費等)と間接費用(新人の教育費用、新人を教育する管理職等の時間の金銭換算額、新人が一人前に仕事をこなせるまでにかかる労務費換算額等)があり、間接費用は往々にして見過ごされることが多いですが、場合によっては採用直接費以上になることもあります。
3.離職率改善の諸施策
離職率の改善は、何か一つの施策を行ったら効果が出るというものではなく、複合施策で、それぞれの会社に適合するいくつかの施策を組み合わせて行うことによって、より大きな効果を引き出すことができます。以下にいくつかの改善のためのポイントを述べます。
3-1.適正な報酬水準の維持及び公正な支給基準の確立
(本項の詳しい記述は報酬制度をご参照ください)
同業界や同規模の会社との比較で、より高い給与が支給できれば、給与面での満足度が高く退職の原因の一つが取り除かれたことになりますが、しかしながら、そのような会社は多くありません。その様な場合でも、労働分配率を徐々に高める等、改善に向けた意図的な努力をすべきですが、短期的な実現は困難でしょう。会社の給与水準が比較対象会社と同程度か若干低くても、社内で公正さを保てる給与支給制度を運営できれば、この面での不満足度は軽減されると思います。責任の大きさ、貢献度の大きさ等成果主義に基づいた等級制度を確立し、各々の等級に適正な給与レンジ(幅)を設定して、全ての社員を平等に扱うようにすることです。
3-2.公正な評価の実施
(本項の詳しい記述は評価制度概論、総合業績評価制度、目標管理制度をご参照ください)
公正な評価を受けられないために退職するのは退職理由の上位を占めます。この点を改善するには、何よりも公正な評価制度を設定し、それを着実に運用することです。評価制度構築の第1歩は会社の価値観を具現化した業績評価表を作成することです。評価項目は通常10~20項目で業種、会社の規模、又管理職か非管理職かによって違いますが、評価者にも被評価者にも分かりやすく、使いやすい評価表を作成し使用することが大切です。同時に評価者に評価方法の教育をすることが必要です。
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①公正な評価に基づいた昇級・昇格の実施
(本項の詳しい記述は配置制度をご参照ください)
評価はそれ自体でも大事なことですが、その結果が、昇級や昇格に結びついて、より大きな効果を生みます。より高い職位に就くとより大きな責任や権限を持ち、給与やボーナスの受給額も増加し、社員の満足度が向上することが多いです。評価結果と昇級・昇格が連動するためには、評価結果をもとにした、昇級・昇格制度を構築することが必要です。評価段階の最上位か次の段階の評価を何回取得したら、ある級から次の上位の急に昇級するというような制度です。このような制度によって、社員にどうすれば、目標とする職位へ昇進できるかを、あらかじめ示すことが大事です。
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②公正な評価に基づいた昇給・賞与支給の実施
(本項の詳しい記述は報酬制度をご参照ください)
評価結果は、必ず昇給や賞与支給額に反映されなくてはなりません。このことを、公正に行うためには、あらかじめ評価結果と昇給率及び、賞与支給額あるいは支給率との関係を設定しておく必要があります。このような数値は、事前に社員に周知し、透明なルールに基づいた制度であることを知らせることが望ましいです。
3-3.働きやすい労働環境・条件の確保
(本項の詳しい記述は組織風土改革をご参照ください)
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①自由度の高い勤務条件
近年とみに、労働の形態に関して社員の自由度を認める動きが活発化しています。この分野では、男女同一労働条件の推進、フレックスタイムの導入、リモートワークの実施、残業時間の短縮、男女産休・育休の取得促進、ボランティア活動参加の奨励、副業許可等種々の制度があります。世界的な労働の自由化に沿ってこれから益々新しい労働形態が出現することは間違いないと思います。会社としては、これらの状況に柔軟に対応できる体制を整えておく必要があります。
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②社員が心理的安心感をもって、伸び伸びと働ける労働環境の実現
このような環境を確保するには、高ストレス要因の除去、監視されているような気持に社員を決して陥れない配慮、パワハラ・セクハラを絶対に許さない社風の確立、そしてもしそのような事態が起こった場合の厳正な対処のルール化、そして新しい制度を積極的に取り入れる前向きな経営姿勢が必要です。
3-4.コミュニケーションの改善、風通しの良い社内環境の整備
社員は上司が自分の事を理解してくれていると感じるだけでも、精神的安心感を持ち、会社との一体感を強めるものです。又安心して、時分の思うことを口に出せる社風は、自由闊達さを促進し、斬新なアイデアを生む土壌にもなります。又上下横の意思疎通の改善は仕事の効率化にも寄与します。
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①非制度面の改善
ものが言いやすい、上下関係が厳格でない、社員同士が賞賛し合う社風を築くことが重要です。管理職や経営層が、風通しの良い組織を作るために積極的に意志疎通の改善を実践することです。
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②制度面の改善
一同に会する会議等を課や部単位で定期的に開催し、社員が自由に意見を交換できる機会を作ることが、日常的な意思疎通に大いに役立ちます。更に上下の意思疎通の改善のためには1対1の面談を定期的(可能であれば月に1度)に行うことを勧めます。このように、社員と上司あるいは管理職との接触の場を会社が意図的・組織的に作ることが、両者の間のコミュニケーションの改善に大いに役立ちます。スムースなコミュニケーションは、自然発生することは稀です。
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③経営者のコミットメント
経営者(層)から社員に対し、思いや会社の進む方向などを伝えるのは大変有効なコミュニケーションになります。どの社員にも分かりやすい目標を立て、達成すべき数値を明示することを勧めます。その例としては、売上目標などの業務目標は除き、残業時間の削減、有給休暇取得率の改善、離職率の改善等、社員と会社双方にとってかかわりのある重要な指標を選びます。それらの目標を達成したら、ご褒美として商品券などを支給します。
3-5.その他の社内風土改革
(本項の詳しい記述は組織風土改革をご参照ください)
その他の風土改革としては、様々な社内行事を企画し、実施することです。ごく当たり前の企画もありますが、全て社員中心に行われる点で、想像以上に社員に受け入れられます。又そのような集まりで、経営層を含めた社員同士の会話の機会が生まれ、会社の一体感が醸成されます。そのような行事の例としては、全社員総会(タウンホールミーティング)、月次誕生日会、MVP表彰、社長とのランチミーティング等です。
行事とは呼べませんが、社員満足度調査の実施は、必須の施策です。社員の満足度を数値で把握することにより、情緒的でなく、客観的で的確に状況を把握することにより、より適切な施策をとることができます。
3-6.キャリア向上の機会(研修育成)の提供
(本項の詳しい記述は研修育成制度をご参照ください)
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①OJT・研修等の実施
プロフェショナル志向の社員が増加しつつある今日、 自分に専門知識・技能をつけたいと思う社員が増えています。会社はそのような希望にたいしOJT や研修等の機会を提供する必要があります。何故なら、そのような機会の少ない会社からは社員は離れていくからです。
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②メンター制度の導入
種々のメンター制度がありますが、比較的多いのが、入社数年の社員に入社5-6年の社員がメンターになるものです。メンターは必ずしも、メンティーと同じ職種の人である必要はありませんので、仕事の内容についてより、社内人間関係の構築のノウハウや、ワーク・ライフバランスのとり方、社内研修制度についての情報等を提供します。メンター制度で構築された関係は、社内のインフォーマルなネットワークの形成に役立ちます。
3-7.物理的配置の変更
組織の壁をなくすことは、一般的にどの会社においても有効な手段の一つです。物理的に組織の壁を除くことも有効な方策です。まず社長室・役員室を取り除き、大部屋での勤務方式を採用します。そうすることにより、社員が役員の仕事ぶりを見ることができ、逆に役員・管理職が社員の勤務振りを見ることができ、両者の一体感が深まります。
おわりに
厚生労働省の令和3年(2021年)上半期雇用動向調査によりますと、日本全体の離職率の男女合計平均値は8.1%でした。離職率は製造業やサービス業あるいは、IT業界等でその平均値が異なりますので、一概に何パーセント以下であるべきだとは言えませんが、まず自社の属する業界の平均値を調べて、その数値を下回る努力をすることが必要です。離職率は総平均値を見るのも重要ですが、特定の職場、職種、年齢層、勤続年数、性別、等級別等の数字を把握し、特に離職率の高いグループに対応したピンポイントの施策をとることも有効です。又、施策の中では、コストのかからない、あるいは低コストのものから実行することが合理的です。