2.戦略的タレント・マネジメント と サクセション・プラニング ~優秀な人材の早期発掘と後継者育成~

はじめに

 組織の成長と繁栄のために優秀な人材を確保するのは、全ての企業に共通の永遠の課題です。才能や能力のある優秀な人材(タレント)の採用と留保が、今後増々激化すると予測したのが、エド・マイケルズ他の共著「War for Talent」(ハーバード・ビジネス・プレス 2001)です。この本が出版されて以来、同書の予測通り、タレント獲得競争が世界的に激しくなってきました。
 タレント・マネジメント(TM)は人的資源管理と訳され、経営目標を達成するための戦略的人員配置や個々の社員の能力を発揮させるための人事戦略です。それは、優秀な人材の早期発掘、育成開発、適正配置の一連のプロセスを統合的に捉える人材マネジメントシステムです。その目的は、社員のモチベーション、自己実現力、パーフォーマンスを向上させ、会社の生産性及び成長を促進させることです。TMは、1950年代に米国で始まり、2000年ぐらいまでに、欧米の大企業で導入され、日本においても2010ぐらいから徐々に浸透してきました。
 サクセション・プラニング(SP)は、TMを実施した結果を活用して、欠員のポジションあるいは戦略的に設ける新規のポジションに人を充当する計画です。ポジションが空位となった都度にその後継者をその場しのぎで充当するのではなく、そのような事態が発生する前から、主要なポジションの後継者をあらかじめ決めておくものです。
 本稿では以上の2つの制度について説明いたします。広義では、SPは、TMの一部であると考えることが出来ますが、本稿では両者を別々に取り上げます。

1.人事データの整備 ~両制度に先行する重要事項~

 両制度を円滑に計画・実施するには、社内に社員の統合的な人事デ-タ管理システムが構築されていることが前提です。給与データ、勤怠データ、経験したポジションデータ、評価デ-タ、保有資格等社内の人事データ及び本人のキャリア志望内容が、それぞれ別のシステムで個別に収集・管理されている場合は、システムを改善して、それらのデ-タが一元管理されるようにするのが必要な最初のステップです。このようなサービスをリーゾナブルな価格で提供する企業はかなりの数が存在しますので、各々の会社に合ったシステムを導入されると良いと思います。

2.タレント・マネジメント(TM)

 タレント・マネジメント(TM)のプロセスについて説明します。

2-1.タレントに該当するポジションの特定

 現実は、社内のすべてのポジションが戦略的に重要ではありません。会社の経営に影響を与えるポジション、社内外で代替が困難なポジション、会社の成長に欠かせないポジション等が、TM対象のポジションになります。対象選考の大事な点は、現在に留まらず、1-2年先を見通した、会社の必要不可欠なポジションを選考することです。

2-2.選抜対象ポジションのプロフィールの要件定義

 対象となるポジションが決定したら、それらのポジションのプロフィールを作成します。すでに職務記述書(Job Description/JD)が存在している場合は、それらを利用します。JD がない場合は、それらのポジションのJD を作成します。

2-3.TM対象者の選抜

 次に選ばれたポジションに対して、それぞれの候補者を選抜します。まずは、該当ポジションの在職者の意見を参考にします。在職者が該当ポジションの資格要件について、いちばん良く知っているからです。次に、該当するJD に最適な社員を人事デ-タ(過去2~3年の業績評価結果、本人の将来のキャリア希望、そのキャリア希望に対する上司からのコメント、保有資格等)の中から探します。データは在籍社員の現在のプロフィールで、該当するJDの要件・資格は、常に現在のデ-タに一致するとは限りませんが、一般的に1~2年先の該当者の成長の伸びしろを考慮します。最後に会社の役員・部長の意見を取り入れて、最終候補者のリストを作成します。候補者の全リストをタレント・プールと呼びます。必要なタレント・ポジションに該当者が不在の場合は、外部からの採用計画人員に含みます。

2-4.選抜対象者タレントの育成

 対象候補に選抜された社員も、その時点で該当するJD にすべてマッチすることは極めてまれです。多くの場合は、主要な要求項目の幾つかは欠如していて、それらを育成する必要があります。このような必要を満たすために、候補者各々のためにカストマイズした育成プランを作成します。育成方法・手段としては、各種研修への参加、OJT、チャレンジングなプロジェクトへの参加等があります。プランの期間は1~2年を目安とします。

2-5.育成プロセスの制度化

 育成期間中は、本人と人事部、あるいは本人の上司とが育成プランの進捗状況について四半期に1回以上面談し、必要な修正を行います。このような面談は、本人とその上司の2人の当事者任せにせず、必ず人事がフォローする必要があります。さらに、6か月に1回程度は、人事及び本人の上司が経営陣に育成の進捗状況を説明することで、トップの関心と関与を継続させることが大切です。ポジションと候補者の定期的な見直しを制度化する必要もあります。

2-6.タレントの留保

 企業にとって、主要な人材の留保は今後増々重要な施策となります。タレント留保のための施策は、報酬面、ポジション面で、他社に転職する気を起こさせないような水準に設定するのは勿論のこと、やり甲斐があり、また自己成長が可能な仕事を与えることが必要です。

2-7.TMのメリット/デメリット

 TMは、上述の通り、主要なポジションに、計画的、戦略的にスムースな後継者の育成を行えるのがメリットです。また被選抜者には、幹部候補であることをあらかじめ伝えることにより、離職の防止にもなります。デメリットは、少数のタレント候補を選抜し、何らかの形で、公にすることによって、選に漏れたより多くの社員のモラールの低下を招き、生産性の低下や、離職を招くリスクがあることです。このような状況に対処するには、タレント社員が、公正で周囲が認める基準に沿って選抜されることです。もう一つのデメリットは、タレント候補の退職です。退職により、当該タレントに投資したお金と時間が無駄になります。この防止策は、他社に引けを取らない待遇と、できるだけ頻繁に、上司等による面談を実施することです。

3.サクセション・プラニング

 次はサクセション・プラニングについてのプロセスについて説明します。

3-1.TMとSPの違い

 SP は、広い意味でTM の一部で、その後半部分を形成します。その違いは、TM は、タレント該当ポジションの選択、選考対象ポジションのプロフィールの作成、対象者の選抜、選抜対象者の育成、特に最後の選抜対象者の育成に重点が置かれます。SP は、今特定のタレント・ポジションに欠員が生じたら、社内の誰をその後継者に抜擢するかをあらかじめ決定しておくプロセスです。ある意味では主要ポジションの現職者が、突然事故や、退職により、その役目を負えなくなった場合の会社にとっての事業継続計画(Business Continuity Plan = BCP)の一部です。したがって、TM だけで終わってしまっては、単なるタレントのプール作りと育成に過ぎず、SP に繋げないと企業の有効な施策にはなりません。実際多くの場合は、各ポジションのタレントプールの最上位者が、SPの第一候補者となります。

3-2.SPのタイムリーなアップデート

 SPのアップデートは、TM のアップデートと同時に、最低年1回行います。
 前回実施時から、退職者、新規入社者、成長をした社員等を考慮して、直近のデータに基づいた再アセスメントを行います。SPにかかわる会議には、部長以上が参加者となり、SP該当者は参加しません。このような準備をすることにより、欠員が生じた場合に、短期間にそのポジションの補充を行うことが出来ます。

3-3.予測よりもSP の実施が早められた場合

 予想より早くサクセサー(後継者)が該当ポジションについた場合は、当初の育成計画がいまだ途上というケースもあります。そのような場合は、本人は新たな業務を遂行しながら、育成計画を終えるように努力し、また人事及び周囲もそれに協力する必要があります。

3-4.サクセサーとして転出した人の旧ポジションの充当

 サクセサーが社内から選抜される場合は、そのサクセサーの現職位が空位となり、そのポジションへのサクセサーの選定が必要となります。そのような場合は、改めてSP に基づいたサクセサーの選定を行います。

4.TM及びSP の運用についての留意点

  • ①対象ポジションの数を限定する
    会社の規模にもよりますが、150名程度の企業の場合は、部長レベルのポジションから着手し、重要な課長ポジションを含めれば十分です。300名前後の企業では、課長以上のポジションを対象にします。
  • ②育成に多額の費用をかけない
    サクセサーになった時に、必要な研修や経験を身に着けているのが理想ですが、現実的には、サクセサーになった以降も一定期間研修を受ける継続育成を必要とする場合が多いです。タレントの離職ロスに備える意味もあります。
  • ③SPリストに欠員が発生したら、直ちに次の候補を補充する
    常にリストに欠員が無いように、必要に応じて、短期間に補充できる体制をとります。

おわりに

 優秀な人材の抜擢は、従来上司の主観に基づいて行われ、単発的でかつ部門を超えて行われることは多くありませんでした。その結果、選抜基準が部門により異なったり、選ばれた人材の質にばらつきが生じたり、ときに管理しきれない程多くの人材が選抜されたりしました。TM・SPは、このような弊害を改め、社内でコンセンサスを得た主要なポジションに対するタレントの補充を、機能的、全社的に制度として行うものです。統一された基準に基づいて選抜し、経営陣の前で、全社レベルで選抜された人材のレビューを行い、より客観的な選考プロセスを確保します。
 2018年国際標準化機構(ISO)が公開した人的資本の情報開示についてのガイドライン「ISO 30414」の11分類の1分類として、「Succession Planning 後継者育成計画」という項目も設けられています。ISO 30414が策定された目的の一つは、組織や投資家に、人的資本について、より客観的で詳細にかつ、可能な限り定量的、統一的に情報を公開するためです。欧米ではこれらの項目に沿った情報開示を行う企業が増えてきましたが、日本においても開示を進める機運がようやく高まってきました。