3.社内公募制度の設計と運用 ~社員の意思を尊重した双方向の人員配置~

はじめに

 以前の日本企業において、人事異動は、ほぼ100%会社(人事部)都合で行われ、社員が異動を求める制度はありませんでした。しかしながら、近年は社員の多様な希望・要望をできるだけ取り入れようとする動きが活発になりつつあります。そのような動きに合わせて導入されたのが、社内公募制度です。社内のポストが空席となった時に、その空席を補充する一方法です。社内公募制度を公平に運用するためには、一定のルールが必要です。公平性を担保する内容は、公募情報の公正な周知、公正な公募条件の設定、公正な選考プロセスの確保、公募応募者のための守秘義務、迅速な異動、公募により生じた欠員の補充に関するルール等です。
 日本の大企業では、すでに過半数が何らかの形で公募制度を導入しています。人材難により、外部から優秀な社員を採用するのがますます困難になってきた折、社内の人材をより適材適所に活用する必要性がますます高まっています。公募制度が導入されても、従来のような会社主導の異動がなくなるわけではなく、会社主導と社内公募制度の併用が今後の主流になると思います。
 なお、社内公募には、この他に社員から新しいアイデアや提案を募るものもありますが、本稿では、社内に空席が発生した場合や、新しいポジションが創出された場合に行うポジションの公募に限定して述べます。

1.公募ポストの選定

 全てのポジションが公募対象にはなりません。社員最上位レベルのポジションの採用は、人事戦略上オープンにしない場合があります。また会社が期待を込めて異動させる従来型の人事異動(任用)もあります。しかし、それ以外の大部分のポジションは公募可能ですし、可能なポジションは公募すべきです。順序としては、対象ポジションはまず社内公募を行い、一定期間(例えば、3週間)経過後は、外部採用と並行して進めます。業務の円滑な遂行上、ポジションの空席期間をできるだけ短くするために、このような方策をとります。

2.公募主体

 公募主体は、実際の募集部門を代行して人事部が行う場合と、募集部門が行う場合がありますが、近年では大組織では募集部門が、中小組織では人事部門が行います。募集部門が行う場合は、募集部門と人事部門で、仕事の分担をあらかじめ決める必要があります。どちらにしても通常、事務手続き、応募者との面接日時の決定、採否の通知、採用決定後新ポジションへの異動までの関連部署間の交渉、手続は、人事部門が担当します。グローバル企業の中には、世界中の拠点からの募集ポジションに応募でき、国、部門等を跨いだ異動を可能にしている会社もあります。

3.公募ポジションの公示

 公募ポジションは、原則として、全ての社員に閲覧できるように社内webに掲載するのが望ましいです。社内のすべての公募ポジションが1サイトで閲覧できるようにすると、社員にとっても、会社にとっても効率的かつ有効です。

4.公募時期

 人事異動時期の年1回や2回、あるいは年4回等区切って実施する会社もありますが、公募ポジションが発生した都度実施するケースが増えています。その方が機動的で、効果的です。

5.募集期間

 募集期間は一般的に3週間未満が多いです。短すぎては、応募準備ができませんし、長すぎては応募動機の弱い人まで含む可能性が出てきます。しかしながら、採用の非常に困難なポジションについては、例外的に、募集期間終了後も外部からの採用と並行して、公募期間の延長を行う場合があります。

6.公募条件の決定

 公募対象のポジションは出来るだけ詳細に、職務内容を中心に記述し公示します。記述内容には以下の項目を含みます。

  • ポジション名、職種、部門あるいは課名
  • ポジションの等級、職位
  • 仕事の内容
  • 勤務地、他の会社への出向の場合は会社名
  • 直属上司の職位、氏名
  • 推定年間給与額(賞与を含む)
  • 必要な職務経験年数
  • 必要な資格や知識、スキル等

 会社によっては、上記項目のいくつかを会社の方針として公示しない場合もありますが、できるだけ多くの項目を公示することにより、より正確な公募ポジションが周知でき、応募者の便宜になります。

7.応募資格

 応募資格は、より多くの社員にチャンスを与えるためにはできるだけ設けないのが良いですが、全く設定しないのは、条件を満たさない社員を不必要に対象とすることで、結果的に無駄な時間と労力を使うことになり、効率的ではありません。
一般的な資格条件は、応募時の職場における在籍期間(例えば1年以上等、安易なポジションの渡り歩きを防止するため)や一定期間に応募できる回数(1年間に2回まで等)などです。更にポジションによっては、公的、準公的資格(税理士、英検2級以上等)を要求する場合もあります。

8.応募者の現職上司への報告の有無

 応募についての報告を現職の上司に事前に義務付けるかどうかですが、報告を要しない場合が増えています。事前報告制を採用する場合は、応募の心理的ハードルが高くなり、また応募に失敗して現職に留まる場合に、現職の上司と気まずい関係になる可能性がありますので、そのような状況は避けるべきです。上司は部下が採用された場合のみ知らされ、不採用者については、応募したことを知らされません。

9.現職上司の立場

 現職の上司は部下の異動に対して反対することが出来ない、というルールが必要です。このルールがないと、上司はその異動を妨げることが出来、この制度そのものが成り立ちません。本制度は上司の都合より、なによりも応募者の希望を優先する制度だといえます。

10.選考プロセス

  • ①1次選考
    本人の応募動機、本人の人事で保管する人事データ等を精査して書類選考を行います。この選考者は募集部門の直属上司、人事の公募担当者です。
  • ②2次選考
    書類選考を通った候補者を面接します。面接者は、募集部門の直属上司、人事の公募担当者です。
  • ③3次選考
    2次選考通過者には、募集部門の直属上司となる人の上司、人事部門の公募担当者の上司、更に募集関連部門の部課長クラスの社員により面接を実施します。
  • ④最終選考
    最終選考は、上記2次、3次選考者(面接者)が出席する会議で決定します。募集地位が高い場合は、役員会での検討、承認を要するとする場合もあります。

11.現職部門の欠員補充ルール

 社員が公募に合格して現職部門を離れることにより、その補充を必要とする場合は、その補充費用(採用費用)は公募受け入れ部門が負担するのが合理的です。その理由は、公募にはほとんど費用がかかりませんが、公募者を送り出した部門は、新たに公募できなければ、外部から採用しなくてはならず、採用費用が発生します。その費用を公募主体の部門が負担するのです。部門別の採用費用の予算管理をしていない会社では、人事部門が負担する場合が多いです。

12.異動時期

 異動時期は、送り出す部門と受け入れる部門が協議して決めますが、通常1~2か月です。外部からの採用期間と比較して、より短く設定するのが一般的で、この期間が不必要に長期化するのは、制度の円滑な運用上回避すべきです。

13.プロジェクト・メンバーの公募

 会社では、不定期に社内横断的に人材を募集して特定のプロジェクトを立ち上げることがあります。このような場合は、今までは、会社が主導して人選を行うのが一般的でしたが、公募制度を活用してメンバーを募集することも有効です。ただしプロジェクト・メンバーの募集は有期限(通常1~4か月程度)で、プロジェクト終了後は、メンバーはそれぞれの派遣元の部門に戻りますので、上記公募条件の一部が当てはまるにとどまります。

14.社内公募制度のメリットとデメリット

【メリット】

  • ①自分の意志でキャリアの選択ができるので、自らの能力やスキルをより多く発揮でき、仕事のやりがいや愛社心が増す
  • ②社内で新しいチャレンジができることで、優秀な人材の社外への流出を抑制できる
  • ③社員のモラルが高揚することで、会社全体が活性化する
  • ④部・課内の優秀な人材を保留するために管理職がマネジメントスキルを高める努力をすることで、会社全体のマネジメント層の管理能力が向上し、さらに上司と部下のコミュニケーションが高まる

【デメリット】

  • ①個人の意思を尊重しすぎると、人的配置の全社的最適化のバランスが崩れる恐れがある
  • ②公募が頻繁に実施されると上司と部下の関係性が流動化し、組織が不安定になる
  • ③社員が希望通りの異動が出来なかった場合、モチベーションが低下する
  • ④公募で採用される社員は、優秀な社員が多いので、旧部署でのキーパーソンが抜けることで、当該部署の生産性が低下し、業務に支障をきたす場合がある

 この他、社内公募が行われると、社員のリスキリングに対する要望が高まり、会社としての研修制度の充実が求められます。一般的には一般職には各種の専門職研修、管理職には管理職(マネジメント)研修で社員にはメリット、会社には費用が発生する点でデメリットになります。

15.新ポジションでの業績評価のルール

 業績評価の原則は、評価時点での所属部門の直属上司が行います。したがって、新部署での勤務が短期間であっても、評価は新部署の上司が行いますが、その際は新上司が旧上司の意見を尊重したうえで行います。公平な評価方法としては、在籍期間により評価を按分するのが良いと思います。例えば、6か月ずつであれば、両方の評価を足して2で割るやり方です。ただし、他職種への異動の場合は、評価時期が、移動後3か月程度の場合は旧ポジションでの評価を100%使用するのが、妥当な処置と考えられます。

おわりに

 多くの社員が、キャリアは会社に導いてもらうものではなく、自分で築くものという考えを持つようになってきました。そのような時代にマッチした制度が、社内公募制度です。この制度によって、社員にとっては、今まで考えたことのなかった職務やポジションにつく機会が与えられ、それにより思わぬキャリア開発の機会が開かれることになります。会社にとっても、公募がなければ、社外からの採用に頼るため、コストがかかることになります。このように公募制度は、会社、社員の双方にとって、望ましい制度です。社員の満足度向上、リテンション(留保)に効果があることは、実施企業の実例が示しています。
 本制度は、どこの会社においても若手社員により多く活用されていますが、定年延長が一般化している今日、中高年社員の活性化の一環として本制度の活用を促すことが、社内生産性の一層の向上に寄与するものと思います。