1.外資系企業の人事マネジメント

はじめに

 近年、特に2000年以降の20年間に、日系企業の人事制度が一般的に外資系企業の進む方向に近づいて来たといえます。その理由は、年功主義、画一主義から成果主義、個別主義への転換です。経済的成熟度が進んだ日本で当然の動きだと思います。日本における外資系企業の社員数は、数人、数十人から数万人規模までありますが、人事制度は、日本での規模にかかわらず、可能な限りグローバルに同一制度を使用するのが一般的です。
 本稿では、外資系企業の定義を、外国企業が株式の50%以上を保有する企業とします。以下、外資系企業の人事マネジメントについて、主要項目別に説明していきます。

1.等級制度

 まず、ほぼ全ての外資系企業で等級制度を採用しています。
 大企業では、基本的に、すべてのポジションの職務評価・職務分析に基づいて、職務価値を構成する要素ごとに点数を付け、その合計点を高い順に並べ、最高点から最低点の間を一定の階層(等級)に分け、グルーピングします。しかしこの方法は、通常外部のコンサルタントに依頼し、かなり大規模な作業を必要としますので、300名程度までの中小企業では、役割等級定義に照らして、等級制度を構築することで十分です。

役割等級定義の詳細については、こちら3.役割(職務)等級制度をご覧ください。

2.職務記述書( Job Description/JD )

 外資系企業でJD を使用しない企業は、ほとんどないと思います。
 JD は採用、評価、昇降格、報酬の決定のために必ず利用される必須のツールで、多くの企業では、社内のすべてのジョブ(ポジション)に用意され、社内Webで、それらのジョブについて閲覧できます。各JDにはそれぞれ該当する等級、基本給のレンジが結び付けられており、それを見るだけで、そのジョブの社内における相対的重要度(等級と職位の高さ)、基本給の額(最高と最低額のレンジ)を即座に知ることが出来ます。社員は、目指す次の、あるいはさらに次のジョブにつくために必要とされる責任、知識、スキルのレベル、資格等をあらかじめ知ることにより、目標とするジョブにつくための準備ができ、仕事に対する満足度・充実度が向上します。また目指すジョブの基本給のレンジを知ることにより、将来の経済・金銭プランを立てることが可能になります。

3.業績評価

 業績評価は、成果評価を中心に発揮された能力、スキル、リーダーシップ力、マネジメント力等を評価する包括的な総合評価と、目標管理項目の各々の項目の達成度を評価する、短期的な成果評価と2つあります。総合評価は年1回(中間レビューはありますが)行われ、昇降級・昇降格、基本給の調整に使用されます。一方で、目標管理評価は、通常年に2回行われ、主に賞与支給額決定のために行われます。評価は5段階(S=非常に優れている、A=優れている、B=期待水準を満たしている、C=やや劣り指導を要する、そしてD=きわめて劣り改善を要する)が比較的多いです。

3-1.絶対評価と相対評価

 評価は、基本的にまず絶対評価(あらかじめ示された、評価項目に対しての評価、目標に対する達成度等)を行いますが、その結果をもとに順位を付ける相対評価を行う企業もあります。その結果、例えば、下位5%の社員を退職させるとする会社もあるようですが、そこまで厳格にルールを適用する企業は多くはないと思います。勿論、CやDに該当する社員は、上司と個別に改善計画を立て、それを実施する必要はあります。

3-2.業績評価はマネージャーの最も大事な仕事のひとつ

 評価は、マネージャーの最も大事な仕事のひとつとして認識され、納得性の高い評価ができるマネージャーはそのことを評価されます。会社としても、評価者の評価力を向上させるために、評価者研修を熱心に開催し、該当マネージャーの参加を強制します。

4.配置

 配置には、評価の結果としての昇降級と社内公募があります。

4-1.評価結果としての昇降級

 前述の評価結果と密接に結びついた配置が行われます。したがって、前述のS、Aは昇級・昇格の対象になりますが、Bは下位等級を除き現状維持、C と Dは降級の対象となります。良い評価結果を1回とれたからといって、即昇級・昇格させることは少なく、昇級・昇格には複数回の好結果の取得が必要です。意外に思われる方もあるかと思いますが、外資系企業も外部からの採用よりも、内部昇格を重視する企業が多いです。

4-2.ジョブローテーションの有無

 職種別中心の採用・育成ですので、ジョブローテーションはありません。したがって、突然思っても見なかった職種やポジションへの配置転換はありませんので、その点はキャリアプランを立てやすいといえます。

4-3.社内公募制度

 ほぼ全ての外資系企業には、社内公募制度があります。応募には一定の制約(現職での最低在職年数、必要保有資格、経験年数等)がありますが、パートやアルバイトにも応募可能な場合もあります。また、グローバル企業の場合は、国内にとどまらず、海外のポジションの公募も日常的に行われています。

5.報酬

 報酬は、基本的に成果主義・貢献度ベースで決定されます。基本給は、等級ごとに、最高・最低のレンジが決定され、現在の等級レンジの最高額を上回る金額を得るためには、昇級する必要があります。また、賞与額も会社業績によるほか、個人の目標達成の度合いにより決定されます。

5-1.金銭的報酬

 上述の基本給と賞与を、個人業績や成果に基づいて支給することが原則ですが、金銭的報酬では、特に賞与を社員の働く意欲を高めるための施策に使用します。従来の財務の視点のみならず、非財務視点も含め、社員が参加して会社業績の向上を狙ったバランス・スコアカード(BSC)を使用した賞与支給方式の導入などがあります。

5-2.非金銭的報酬

 日本の企業でも近年使用されるようになりましたストック・オプションは、外資系企業では、数十年も前から実施されています。非金銭的報酬には、この他に一定の勤続年数ごとにサバティカル休暇を付与する企業もあります。社員のキャリアの見直しやリフレッシュのために自由に使われ、社員満足度の向上、離職率の低下等に寄与しています。

6.採用

 採用についても、外資系企業と日本企業とではかなり異なります。人材はリソースでもありコストでもあるので、より厳しく管理されています。

6-1.厳格な採用枠(人数)管理

 外資系企業では、一般的にグローバルの採用枠の管理が大変厳しいです。その理由は、人件費関連費用が、主要なコストとの認識からきているからと思います。一人の採用は、直接・間接人件費のほか、人の管理費用、人が使う機器の費用、人が使うスペースの費用等を含めると、相当の金額になりますので、人数を絞るのが、コスト管理には効果的です。採用枠は年初に決定されると、年度を通して本社で一元的に管理されます。運用面では、好況期には、枠が緩み、3か月に数十人という、とても実現不可能な人数の採用を求めてくる一方、不況となると、突然採用枠が閉じられ、進行中の採用活動も中断を余儀なくされることがあります。6か月以上埋められなかったポジションの採用は、取り消されることがあります。

6-2.面接重視、本人重視

 採用に関して、特に人種、宗教、男女、年齢、性的マイノリティ等に対する差別禁止がかなり厳格に適用されている米国では、応募書類の記載内容にも知りたい内容が十分含まれていないことがあり、そのためますます(インターネットを含めた)面接が、採否を決める上で重要になっています。また、米国ではもともと、応募者の親族等による身元保証の習慣がないので、本人重視は日本に比べ、徹底していると思います。レファレンス・チェックという、いわば本人に関する身元調査が行われますが、これもあくまでも本人のみに関する情報の収集です。

6-3.専門職・スペシャリスト採用

 通年の専門職・スペシャリスト採用が一般的です。求めるスキルレベルは多様ですが、全てのレベルで、専門性とスキルが要求されます。必然的に中途採用が多いですが、中途採用者が入社後不利になることはありません。あくまでも実力主義ですので、勤続年数が長い故の有利な扱いはありません。

6-4.ダイバーシティ

 外資系企業においては、以前より、多国籍・多文化・多言語志向、女性、高齢者、障害者採用に積極的です。今日、日本企業においても、女性、高齢者、障害者の雇用はかなり進みましたが、外国籍、日本語を母国語としない人の採用は、まだ十分に進んでいるとはいえません。言語面では、英米企業以外でも、英語を共通語として採用しているケースが大部分です。

6-5.採用に関わる統計数値の重視

 外資系企業においては、日本企業に比べ、採用関連の統計数値を重視する傾向があります。重視する数値は、採用に要した金額、空きポジションを埋めるために要した期間、採用ルート、主要ポストの内部登用率等です。

7.研修・育成

 日本企業に比べ、転職が一般的な外資系企業においても、人材研修・育成は盛んです。優秀な社員の採用、育成、留保が、競争的市場で優位を保つための重要な条件であるとの認識が高まっているからです。重要な育成施策の一つに、サクセッション・プラニング(後継者育成)制度がありますが、この項目については、別の機会に詳しくご紹介したいと思います。

7-1.内部研修

 社内育成機関の充実を図り、名称は色々ですが、○○大学といった社名を付けた研修機関を社内に作り、階層別、専門分野別研修を充実させている企業が大企業においては多いです。外部の大学を含めた研修機関と連携している企業もあります。費用対効果、受講者の利便性の高いE-learningのコースに、かなり以前より力を入れている企業は多いです。

7-2.履修の義務付け

 社員に対し、それぞれの職位や専門分野に応じて、研修履修の義務付けを行い、それを業績評価に加味する企業があります。個別の研修項目と、個人ごとの年間最低履修時間の設定などを行っている企業もあります。

7-3.資格制度

 外資系企業は、日本企業よりも仕事にかかわる資格に関して、より高く評価する傾向があると思います。資格取得に対しては、報奨金の支給や、昇級・昇格等によって報います。

おわりに

 本稿では、外資系企業で行われている人事マネジメントの一端をご紹介しました。それらの企業で実施されている、人事マネジメントがすべて良いわけではありません。会社業績好・不況により、社員の雇用を第一に調節弁に使う風潮は、最も好ましからざる施策であると思います。しかしながら、労働意欲を高めるための各種の人事施策は、見習うべきものも多くあります。今後我々は、外資系、日本企業というラベルで判断するのではなく、それぞれの企業からベスト・プラクティスを取り入れ、自社の人事マネジメントの充実を図るのがよいでしょう。