18.海外赴任者規程の作成

はじめに

 中小企業においても、相対的に廉価で豊富な労働力の確保、より容易な原材料の調達、あるいは、消費地への近接等の理由で、海外展開を望む会社が増えています。
 海外展開の最初のステップは、販売面では現地代理店との契約により、自社製品の輸出から始めるケースが多いです。又製造面では、現地メーカーへの委託加工・生産から始めるケースが多いようですが、この段階では自社社員の継続的な現地滞在は必要なく、規程的には海外出張規程で賄えます。しかしながら、海外に子会社を設立したり、現地会社と合弁(当方50%以上出資)会社を設立したりしますと、現地に駐在する社員の派遣が必要となります。このような状況では、海外赴任者規程の作成が、会社及び赴任者の双方の立場から必要になります。
 本稿では、初めて海外赴任者規程を作成する場合の、基本事項に関わる作成事例及び注意点を述べます。

1.海外赴任者規程の必要性

 海外赴任者規程の必要性をまとめると、以下の通りです。

  • ①赴任前に自身の処遇や労働条件について知ることが出来、業務に専念できる。家族の待遇面、教育面の内容を事前に知ることにより、本人・家族に安心感を与える。
  • ②同様なケースの処遇に整合性が取れ、当事者に対する公平性が保たれる。
  • ③規程の存在により、当事者やその家族からの問い合わせ等が減り、当事者及び人事担当者の時間・業務負担の軽減につながる。

2.海外赴任者規程作成の注意点

 同規程作成の注意点は以下の通りです。

  • ①就業規則等既存の社内規程にも、海外勤務の可能性があることを明記する。
  • ②就業規則等既存の社内規程と、記載内容が矛盾しないことを確認する。
  • ③同規程作成以前に、海外赴任が行われた場合は、それらのケースにかかわる通知文書、規程や前例を参考にする。
  • ④同業他社の担当者と、規程内容について情報交換を行う。

3.赴任者・派遣元・派遣先間の契約(覚書)の締結

 派遣元・派遣先は赴任者と、又派遣元は派遣先と、それぞれ契約を結ぶ必要があります。それらの契約に含まれる項目は以下の通りです。

  • ①赴任者と派遣元
    • 派遣先会社名
    • 所在地
    • 勤務条件
    • 身分の保全
    • 赴任中の自社での業績評価
    • 帰任条件 等
  • ②派遣元と派遣先
    • 両社間の経費負担
    • マネジメント費用
    • 機密保持
    • 連絡報告事項
    • 協議事項
    • 紛争解決事項 等
  • ③赴任者と派遣先
    • 勤務部門及び役職名
    • 休暇を含む勤務条件
    • 報酬条件
    • 業績評価 等

4.海外赴任者規程に必要な記載事項とその事例(以下、派遣元会社を自社と呼びます)

 以下の記載内容は一例ですので、それぞれの会社で必要と考えられる項目の追加あるいは削除を適宜行って下さい。

4-1.総則

  • ①赴任者の定義
    正社員で海外所在の関係会社、海外現地法人等で自社が50%以上を所有する法人に1年以上の勤務を命じられた者。
  • ②勤務先及び所属
    勤務先は会社が指定する海外関係会社や海外現地法人とし、派遣中の自社での所属は本社人事部とする。
  • ③勤務期間・勤続年数参入
    派遣期間は原則2~5年とするが、業務の都合によりその期間を延長または短縮することがある。派遣期間は自社の勤続年数に加算する。
  • ④赴任・赴任同意・帰任に関する事項
    海外赴任を命ずる場合は、原則として赴任予定日の少なくとも3カ月前までに赴任先及び赴任期間を本人に内示する。赴任者は赴任前に、所定の海外勤務事項に同意し、海外赴任同意書に署名しなければならない。赴任先から帰任を命ずる場合は、原則として帰任予定日の少なくとも3カ月前に本人に内示する。
  • ⑤扶養家族帯同
    赴任者に扶養家族がある場合は、帯同赴任を原則とするが、本人の申し出により単身赴任を希望する場合は、これを許可する。
  • ⑥基本的心得
    赴任者は派遣先会社の指示命令を守り、職務上の責任を自覚し、模範社員及び社会人として行動し、誠実に職務を遂行するとともに、派遣先会社の業績の向上に寄与する。
  • ⑦順守事項
    赴任者は、派遣先会社の就業規則等を守り、併せて次の点に留意して勤務しなければならない。

    • 勤務する国の法律を遵守すること
    • 安全衛生に十分配慮し、危険な行動を慎むこと
    • 健康管理に留意し、自己管理を徹底すること
    • トラブルが生じた場合は、速やかに派遣先会社に報告の上、その指示に従うこと
    • 現地の従業員との人間関係に配慮し、協調性を持って業務の遂行に努めること

4-2.勤務労働条件

  • ①労働条件
    赴任者は、赴任地の法令及び服務規律、労働時間・休日・休暇等の労働条件に従い勤務するものとする。
  • ②休暇の種類
    休暇の種類は、年次有給休暇、赴任休暇、着任休暇、帰任休暇とする。上 記以外に、年1回のホームリーブ、及び慶弔一時帰国は別途定めた規程により与えられる。
  • ③家族の一時呼び寄せ
    家族を帯同せず、単身赴任している者は、年1回家族を赴任地に呼び寄せることが出来る。その場合の旅費は自社が負担する。
  • ④赴任・帰任・ホームリーブ・忌引き休暇の費用負担
    これらの費用はすべて自社が負担する。ただし、忌引き休暇の費用負担は、配偶者及び一親等の親族の場合に限る。

4-3.報酬規程(給与及び手当は派遣先国により異なるので、別途定める)

  • ①給与の総額
    赴任者には海外基本給に海外諸手当及び、国内給与を加えた総額を支給する。
  • ②海外基本給(海外基本給の決定方式については、7 海外基本給の決定方式を参照ください)
    赴任期間の基本給は、原則日本での生活水準を赴任国で維持できる水準に定めるものとし、赴任者ごとに個別に定める。基本給の支給は、現地通貨を持って行う。
  • ③海外諸手当
    会社は必要に応じて会社が承認した場合、次の手当の全部あるいは一部を現地通貨で支給する。ただし赴任国の状況に応じて、一部の手当について手当を支給せずに、会社が全額あるいは一部を負担することがある。

    • 海外勤務手当
    • 家族手当
    • ハードシップ手当(異国の地における肉体的・精神的負担を考慮した手当)
    • 子女教育手当
    • 住宅手当 等
  • ④国内給与
    会社は海外赴任中、次の費用を国内給与として円貨で支給する。

    • 社会保険料(健康保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険)
    • ボーナス
    • その他
  • ⑤為替レートの見直し
    起算日より6カ月以内に、10%以上円と現地通貨との交換レートが変動した場合、自社がその差額を調整する。

4-4.その他の記載事項

  • ①海外赴任中の自己都合退職
    最近このようなケースが以前に比べ増加の傾向にありますので、しっかりとした規則を制定しておく必要があります。

    • 退職前最低通知期間
    • 現地での退職か、一旦帰国を命じて日本での退職かの決定
    • 退職に係る諸費用の赴任者と自社の負担割合 等
  • ②その他の事項(別途定める)
    • ・支度金
    • ・パスポート・就労ビザの取得・費用負担
    • ・予防接種費用
    • ・人災(テロ等)・自然災害時の緊急避難先・費用負担
    • ・荷造り運送費(海外へ、海外から搬送する衣服・家財道具等で原則船舶使用、場合により航空機使用を許可)
    • ・海外赴任中の昇進・昇給(シャドウスケール)
    • ・留守宅・残置物管理費用
    • ・赴任前の語学研修費用

5.作成に必要な情報収集

 主な情報源は以下ですが、派遣先国の歴史・風俗・生活習慣・賃金及び物価水準等は、種々のインターネット・サイトからも容易に取得できます。

  • ①外務省
  • ②ジャイカ
  • ③東京商工会議所中小企業センター進出先国家の中日大使館等
  • ④大手商社・同業他社
  • ⑤海外子女教育振興財団他

6.情報収集項目

 情報収集項目は、多岐に渡りますが、主な項目は以下です。

  • ①現地の労働法等法律
  • ②現地の習俗・習慣・宗教
  • ③現地での賃金・物価水準、ハードシップ手当等の個別手当の水準
  • ④労働に対する価値観
  • ⑤通用する言語
  • ⑥日本人学校の有無・その他の学校の有無等
  • ⑦治安状況・テロ活動の有無等
  • ⑧日本から/への航空便の運航状況

7.海外基本給の決定方式

 海外基本給の決定方式は次の3種類ありますが、「③ 併用方式」が現在は最も妥当であると私は考えます。

  • ①別建て方式:
    勤務地国で、一定の体面を保つことが出来る水準の給与を支払う考え方。同業他社水準を参考にする方法で、20年前は主流であったが、現在は少なくなった。

    メリット :

    一度設定したらその後は物価変動に見合う調整のみで済む。

    デメリット:

    国内給を基準としないので、本給の設定根拠があいまいになりやすい。

  • ②購買力補償方式
    日本での生活水準を、赴任国で維持する考え方。1980年後半に大手商社が導入し、急速に普及した。日本での生計費を決め、それに生計費指数(東京やニューヨークを基準にした世界都市別)と、為替レートを掛け合わせて算出する。

    メリット :

    生計費指数という客観的なデ-タを使用するため、赴任者に設定根拠が説明しやすい。

    デメリット:

    第三者の購買力を保障するのであり、赴任者個人の購買力の補償になるかは分からない。

  • ③併用方式
    日本勤務時代の月給手取り額をそのまま海外基本給とし、海外勤務では国内勤務に比べ、生活費が余分に発生するので、国内で支払っていた給与にプラスした分を支給するという考え方。

    メリット :

    分かりやすく赴任者に納得させやすい、帰任後、国内給与体系への移行がスムースに行える。

    デメリット:

    海外基本給が円貨で固定されるので、為替レートの変動に注意が必要。

おわりに

 グローバル時代に入り、海外への異動が珍しくなくなってきました。このような状況に直面する企業は、海外赴任者規程を作成する必要性に迫られます。そのような規程を作成する場合は、次の項目に配慮することを勧めます。

  • ①海外勤務に伴う報酬総額は、日本での生活水準を最低保証する。
  • ②外国での生活は、住み慣れた国内では遭遇しない状況も伴いますので、海外手当 等として金銭に心配のない待遇とする。
  • ③天災・人災(テロ等)及び、赴任者・帯同家族の急病等の発生を想定して、そのような出来事発生時の緊急避難先及び必要資金の手当て方法を任地ごとにあらかじめ決めておく。
  • ④海外赴任に係る自社窓口は、赴任者及びその家族の便宜を考慮して一本化する。