14.戦略的経営のための簡単な人事データ利用の勧め
はじめに
経営者は日常的に営業(売上高、売上利益等)や生産(原材料費、原単位等)にかかわる数値は把握していますが、人事関連数値を管理するのは一般的ではありません。経営者は人事関連の情報を、経験的及び直感的に把握するのが普通です。しかしながら、会社が日常的に保有・収集している人事関連数値を活かすことで、より科学的・合理的な人事管理ができ、ひいてはより良い経営が実現できます。
人事関連数値は多数存在し、どの数値を採択するかは、使用目的により又使う人により違いがあると思いますが、私は、人員、年齢別人員、直間比率、及び労働分配率の4つを最も重要な数値と考えています。
1.人員(定員)
米国ではヘッドカウント(人員数)を最も重要な数値と位置付けます。何故なら、直接支払われる給与、ボーナスその他インセンティブの更に30%から50%に相当する金額が雇用に付随する間接費用(社会保障費、福利厚生費、貸与事務機器、使用スペース費用等)として掛かるといわれ、そのために人員数を厳しく管理するのをマネジメントの第一歩としています。人員管理は等級別あるいは役職別に社内外の変化に応じて毎年行う必要があります。
1-1.適正人員数の設定
- ①組織図をもとに、適正な部署別・業務別・職位別人員数を設定し全社で合算します。場合によっては、それを行う前に組織図が適正人員配置になっているかをチェックする必要があります。
- ②適正と考えられる人員数を、最低でも過去5-6年の同様の実績人員数と比較します。会社のIT化や規模の変化などを考慮して、最も適正と考えられる年度と比較して、更なる改善ができるかどうかを検証します。一人当たり売上高や売上総利益などの指標も参考にします。
1-2.適正と考えられる人員構成と現状とのギャップの分析
適正人員数と在籍人員数を比較し、過不足を見ます。その際、予定定年退職者、予想自己都合退職者、更に新規事業部署の設置・廃止による予想増減員数を考慮します。
1-3.適正値から外れた場合の対策
- ①管理職級社員の過剰
- 年功的昇級・昇格制度を改めて、貢献度・成果ベースの昇級・昇格制度に変更します。
- 再配置、新規事業の立ち上げで過剰人員を吸収します。
- 最後の手段として、希望退職の募集を行います。
- ②管理職社員の不足
- 社内育成制度の充実によるキャリアパスの設定、必要に応じた外部からの採用を行います。
- 昇級(格)制度の改訂によりそれらの条件を年功主義から成果主義に近づけ昇級(格)年数の短縮を図ります。
- ③非管理職社員の扱い
- 管理職社員の対策に準じますが、非管理職社員は一般的に管理職社員よりキャリアが浅く、専門性も低いので、社内再配置がより容易です。
2.年齢別人員
企業の年齢構成は、業種、規模、社歴の長短により異なり、どの様な構成であるべきかについて定説はありません。しかしながら会社も社会全体と同じく幅広い年齢層の集合体であることが望ましいです。適正な年齢構成の会社では、社内の風通し、意思疎通、雰囲気が良好であることが多いです。そこで自社の年齢構成がどのようなパターンかを知ることにより、その形の長所短所を認識して、機会あるごとに短所を是正することが大切です。65歳までの継続雇用が義務付けられたことにより、現在の年齢構成はそれ以前よりも5年程度上方へ伸びることを前提に考慮します。年齢構成のパターンは大きく分けて4つあります。なお、年齢構成パターンは、縦軸に年齢、横軸に人数を取ります。
- ①ピラミッド型
若い世代の社員が多く年齢が高くなるにつれて人数が少なくなっていく構成です。比較的企業歴の浅い会社にみられ、勢いが旺盛ですが中堅以上の層が薄く、社内の経営手腕やスキルが不足して粗い管理になる傾向があります。 - ②釣鐘型
30代から40代にかけて層が厚く若手、及び中堅以上の人数も大きく変わらない構成です。社歴の長い会社に見られ、安定した構成とみられますが、中間層以上でのポスト争いが熾烈になり、若手がなかなかポストにつけないデメリットがあります。 - ③ひょうたん型
高齢層と若年層が多く、中堅層が少ない構成です。若手には昇進のチャンスが多いですが、中堅層が薄いので、管理面や意思疎通面で上層部の負担がかかりやすい体制です。中堅層に達するまでに離職者が多いことが原因であれば、その理由を突き止めて早急に改善を行う必要があります。短期間にバランスを取り戻すためには、中堅層の採用が必要です。 - ④逆ピラミッド型
若い世代の社員が極端に少なく、高齢社員が極端に多い構成です。このパターンは一般的には、社歴が古い老舗会社に多く見られ、経験の長い社員により運営されるので経営の安定は見込めますが、人件費負担が過大で、企業存続や発展のためには、若手の採用と高齢者の削減による新陳代謝を早急に進める必要があります。と同時に、高齢者層の教育、活性化に力を入れることにより、社員の生産性の向上を目指します。
2-1.分析結果に基づいた人員構成是正の対策
どの人員構成が最適かについては、製造、流通等の業種により又、会社のビジネスモデルにより違いますので、定説はありません。しかしながら、一般的には、緩やかなピラミッド型に近い台形型が、理想に近いモデルであるといわれています。少子高齢化が進む日本では、年齢構成に注意を払わないと、逆ピラミッド型に進んでいく可能性があります。それを是正するためには、定年退職や減耗等で欠員ができた場合は、不足年齢層を重点的に採用することが大切です。しかしながら、この問題に抜本的に対処するには、役割・職務・成果を重視する年齢に依存しない人事管理に移行する必要があります。
3.直間比率
直間比率とは、会社内で直接的に収益に影響を与える組織(営業や製造等)と間接的に収益に影響を与える組織(管理部門等)の人件費の比率のことです。
3-1.直間比率の算出方法
直間比率(人件費)= 間接部門の人件費/会社全体の人件費
人員数を使っても直間比率を算出することができますが、ここでは人件費を使用します。
3-2.直間比率の分析
この比率が低い程、間接部門のコストがかかっていないことを示し、効率的な事業運営がされていること示します。直間比率が高くなると、会社の売上が増加しても、間接部門で吸収され、売上に比例した増益にならないことになります。直間比率は業種により様々で、又規模が大きいほど普通は低くなります。10%程度まで下げられれば、非常に効率的な運営であると考えられます。過去数年の間で最も同比率が良かった年を参考に目標値を設定するのも一法です。直間比率は会社の生産性を表す指標の1つです。
3-3.直間比率向上のための改善策
直間比率の向上のためには間接部門の生産性を上げる必要があります。一般的に実施される施策は以下です。
- ①1時間当たりの対応件数の増加
- ②1件当たりの対応時間の短縮
- ③1人当たりの処理件数の増加
4.労働分配率
労働分配率は人件費総額が適正水準にあるかを見る指標です。具体的には企業が生み出す付加価値の中に占める人件費の割合です。この数値を算出するためには、まず人件費総額と付加価値を集計する必要があります。
4-1.人件費総額の算出
以下の項目の合計です。
- ①給与手当・賞与
- ②法定福利費
- ③福利厚生費(法定外福利費)
- ④退職引当金
- ⑤役員報酬
4-2.付加価値の算出
付加価値の定義はいくつかありますが、最も一般的なものは加算法(または日銀方式)と呼ばれ、下記の計算式で求められます。
付加価値=経常利益+人件費総額+賃借料+減価償却費+金融費用+租税公課
4-3.労働分配率の計算方法
付加価値のうち、どのくらいの割合が人件費に分配されているかを見る指標で、その計算式は以下の通りです。
労働分配率=人件費総額/付加価値×100
4-4.労働分配率の分析
労働分配率が高ければ、その会社は利益に対して高い還元率で社員に報いていると言えますが、逆にそのことが経営を圧迫する場合もあります。労働分配率が低い場合は、その会社は利益に対して低い還元率で社員を遇していて、待遇面や労働環境が悪く社員の士気の低下を招き、ひいては会社の業績の低下を招く可能性があります。適正な分配率は業種や会社規模によって異なりますが、同規模同業会社のデ-タが一番の参考になると思います。そのようなデ-タが入手できない場合は、自社の過去5―6年程度のデータを算出して、推移をチェックすることが大切です。
4-5.業種別平均労働分配率
参考のために、経済産業省が発表している2020年度の主な業種別「労働分配率」のデ-タを示します。一般的に、労働集約的業種で分配率は高く、非集約的業種では低くなっています。
製造業: 51.0%
情報通信業: 53.7%
卸売業: 49.7%
小売業: 49.4%
飲食サービス業:74.9%
全業種合計: 50.7%
4-6.労働分配率改善の施策
低すぎる場合は、既述の人件費項目のうち最も必要と思われる項目を重点的に増加させます。高すぎる場合は、まず次の2つを実施します。
- ①人件費総額の削減:業務ごとに適正人員(定員)の見直しを行い、又定型業務をAIで置き換えたり外注化を考慮する。
- ②社員の生産性の向上: 種々の研修・自己啓発支援により、社員の知識・スキルを向上させ、一人当たりの生産性を高める。
おわりに
ここに取り上げた数値項目はどれも社内で容易に入手できる数値ですが、これらを継続的に収集・分析し改善を行うことで、会社を人的な面からより健全且つより高収益にすることができます。なおここで取り上げなかった項目の中で重要な数値項目に男女比率と離職率があります。男女比率は特に管理職レベルの比率が重要で現状は多くの場合10%代ですので、これを30%代まで引き上げるのが直近の目標となります。離職率は業種により高低はありますが、おおむね5%を下回れば良好といえます。