弁護士が教える労務トラブルの解決と予防
竹田・長谷川法律事務所 弁護士 長谷川 卓也 氏
定期開催をしていますヒューマンキャピタル勉強会を、さる3月22日(木)に開催しました。
講師には弁護士の長谷川卓也氏をお招きしました。
弁護士というと日常なかなか縁遠い存在です。しかし、最近では退職後の未払い残業代の請求等で紛争になった、というようなお話も聞きますので、法律の専門家の立場から労務トラブルを未然に防ぐための講演をお願いしました。参加の皆様の質問も多く、熱心にお聞き頂けました。当日の内容をまとめましたので、ご報告致します。
■ 講 演
〔はじめに〕
ご紹介を頂きました竹田・長谷川法律事務所、弁護士の長谷川でございます。普段、私は大学でしゃべったりもしていますので、講師と言うと登壇して第一に「出席を取ります。」というところから始めて、眠そうな学生を相手に話すことが多いのですが、今日はここに来て参加名簿を拝見して途端に緊張しました。恐らくは、私よりはるかに人事・労務の経験をお持ちの方々ばかりで、前でこんな若造が出てきて話すのが本当におこがましい、お恥ずかしいので「困ったな」と思っております。普段きっちりまとめて労務関係の法律をおさらいする機会もそうは無いでしょうから、本日は基礎的なところをちゃんとまとめる準備はしてきましたので、お話をしていきたいと思います。宜しくお願いします。
〔労務とは〕
労務というのは非常にセンシティブな問題で、一律に「ああだから、こうでしょう。」「こうだから、ああでしょう。」と言うのがとても難しい。「本に書いてある事はそうでも、実務では~だ。」とかが、実際多々あるのは皆さん十分ご存知かと思います。しかし大原則を一度確認しておくというのは大切だと思います。
〔1〕労働紛争処理手続の基礎知識~争われたら何が起こるのか~
どのような個別労働紛争が多いのか。業界によっても違いますが、一般的には「解雇」と「雇い止」です。個別に対して集団がある訳で、集団は労働組合関係です。個々の労働者と会社(使用者)との間の紛争の事を「個別労働紛争」と言います。数は残業代も多いですが、「解雇」「雇い止」の2つは労働者の生活が懸かってきますので、もの凄い熾烈な争いになります。争点は、合意なのか会社が一方的に行なったのかの問題。それから「解雇」「雇い止」をした事実には争いが無いとして、法律上有効な「解雇」「雇い止」として成立しているのか、この二段階が大きな争点です。特に後者の方が争いになり易い。「解雇」「雇い止」は、何でもかんでも解雇して良いわけではない判例が出ています。それに照らして有効な解雇でないと裁判に持っていかれると「解雇無効」だということで雇っていることになってしまう。それまでの給料を全部払わされるとか、或いは会社を辞めることは本人もそのつもりでいるとしても、何ヶ月分の給料を払っての金銭的解決を求められる、と言うような争いが典型的なものです。
最近特に増えているのが、退職後の未払い残業代の請求です。退職金が出るかどうかは規定があるか無いかですからあまり多くないですが、未払い残業代を焚きつける私らの同業者がおります(笑)。過払い金返還請求が我々の業界、司法書士業界で下火になってきて「次の飯の種はどこだ?」ということで、これを狙っている方々が結構いる。私自身は過払い金返還請求みたいに簡単にはいかないだろうと思っています。これは貸し金業者さんに取引履歴を出してもらって、「利息制限法で引き直したら多過ぎるでしょう。」と言うと「はい、そうですね。」となってチャリンと返してくれた。それの何十%を頂くという、法律家の仕事っぽくはない。私はあまり好きではない商売だったわけです。しかし、「未払い残業代を払って下さい」というのは、確かに残業代を払ってなかった会社も非常に多いだろうと思いますが、残業代が発生しているのかどうか、など事実上の争いがくっ付いて来ないといけないので、過払い金返還請求ほど簡単ではありません。要は、金額が小さいですので弁護士・司法書士の飯の種にはなり難いと思いますが、中には、ハローワークに張っていて焚きつけるような人もいるようです。裁判所の紛争になるケースは少ないですが、退職前にも未払い残業代を請求してきたり、「有給休暇を取らせて下さい。」というような、紛争と言うか会社内のクレームのようなものも多いのです。
処理手続には、大きく分けて裁判所にもって行ってしまう裁判手続きと、裁判所までいかない裁判外の手続きがあります。裁判手続きには、代表的な4つ。労働審判・労働訴訟・保全処分(この中に2つ)・民事調停があります。裁判外には、労働基準監督署による紛争解決・個別労働紛争解決促進法による手続き。都道府県労働局が出てくることが多くて、紛争解決のあっせんをします。主に労働基準法の問題となる手続き。雇用機会均等法上の紛争調整手続きは、男女間の差別。パートタイム労働法上の紛争調整手続きは、短時間労働者と正社員との差別についての解決です。その他は、各種ADR(裁判外の手続き)です。
〔2〕セクハラ(パワハラ)に関する紛争の実情と対策
セクシャルハラスメントは、概念も大分浸透してきて会社側もいろいろ考え、社会風潮的なものも変ってきたように感じます。前ほど酷くはなくなってきたかな、という気がします。しかし、相変わらず沢山あります。人によって同じ事をしてもセクハラになったり、ならなかったりしますが、それは個人の決定が尊重されるべきプライベートな領域なのです。ここをよく誤って解釈している人が加害者側には多いです。例としては、ある人は玄関まで、ある人はリビングまで、と通される範囲は違いますが、それは通す人の判断内なわけです。そして最近注目されているのがパワーハラスメント。パワーハラスメントという英語は無いみたいですね。造語のようで外国人に言っても分からない、権力関係を使った嫌がらせという意味ですね。これも大変増えてきています。そして従業員のメンタルヘルスの問題も多いです。
〔3〕社内でできる予防対策
そもそも労働法は、使用者と労働者の労働契約上、使用者に対して弱い立場にある労働者を保護するための法律です。仮にクレーマー的な労働者であっても、紛争拡大のリスクを抑えるために、金銭解決を迫られることが多いです。ほぼ会社側が必敗であることを前提に、普段から備えをすることが必要で、一番大事なことは就業規則等を整えておくことです。1名の事業所でも必要です。次に労働契約書を整えておく。変更があったときも明確な記録を「採用(契約)、労働時間・休日の管理、人事考課、人事異動、懲戒処分、退職/解雇など」常に適正な手続きを踏んで残しておくことです。セクハラ・パワハラは、容認しない職場環境づくり、普段のコミュニケーション、相互監視が必要です。また、職場におけるセクハラ・パワハラの実態の把握(アンケート調査など)や基本方針・規則の整備、研修などの周知徹底対策も定期的に実施し、記録に残しておいてください。そして会社の中に苦情相談窓口の設置までできれば良いでしょう。
駆け足になりましたが、ご清聴ありがとうございました。
インサイト No.30
2012年6月20日