働き方改革で留意すべきポイント

アイ社会保険労務士法人 代表社員 土屋信彦

特定社会保険労務士、IPO・内部統制実務士

平成元年谷口労務管理事務所入所。平成8年2月「土屋社会保険労務士事務所」を開業。平成25年事務所を法人化し埼玉県川口市東川口にてスタッフ10名体制で「アイ社会保険労務士法人」を運営。
得意分野はIPO支援、リスク対応にかかわる労務監査や就業規則整備。
労働局、証券会社、税理士会、金融機関、商工会議所等でのセミナー多数。
埼玉県社会保険労務士会理事、社会保険労務士会川口支部副支部長などを歴任。

主な執筆実績:「IPOの労務監査と企業実務」(中央経済社)「御社の潜在労務リスクをあぶり出すチェックシート」(中経出版)、「労働時間を適正に削減する法」(アニモ出版)、「企業実務に即したモデル社内規程と運用ポイント」(労働新聞社)ほか多数

■ 寄 稿

〔はじめに〕

2019年4月から実施されている「働き方改革」に関連する法律については、その名称から具体的に何が変わったのかがわかりにくいものとなっています。
実際には、働き方改革法という法律は存在しておらず、数種の労働関連にかかわる法律の改正により、実施されています。その中ではいくつもの法改正が実施されていますが、ポイントとなるものを3つに絞って解説していくものとしましょう。

時間外労働の上限規制

まず最初にあげられるものは、時間外労働の上限規制と言われるものです。
これは時間外労働だけでなく、休日労働も含む内容となっています。今まで労働基準法の法律条文の中では、時間外労働の1ヶ月の上限時間や1年間の上限時間などは一切規定されていませんでした。

ただし、従前から上限時間の「目安」というものが厚生労働大臣の告示という形で示されてはいましたが、これに合わせた形で各企業が、労使の話し合い(「36協定」と言います)によりその「目安」に従い、各企業の中で上限時間を決めていました。

今回、法律によりその上限時間を決めてしまうというものです。
建設業や運送業等一部例外はありますが、基本的には、この法で定められた上限を超える時間外労働、休日労働を行うことができず、これに違反した場合は罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)の適用があります。
具体的には以下のとおりとなります。

原則として時間外労働は月45時間、年360時間までとする。
特別の事情で上記①の月45時間を超える場合は、年6回までとする。(個人ごと)
②の特別の事情があっても「時間外労働は年720時間以内」、「時間外労働+休日労働は月100時間未満、かつ2~6か月のいずれの月平均も80時間以内」とする。

上記③にあるように時間外労働時間数だけでなく、休日労働時間数についても時間外労働との合計時間を一定の時間数に抑えるよう管理しなければならなくなったのです。

これは労働基準法の改正という形での規制ですが、これと関連して労働安全衛生法も改正されています。
いままで時間外・休日労働の概念が無かった管理監督者(残業が付かない管理職)や、裁量労働(みなし労働)で働く者に対しても、出社、退社、休憩時間などの労働時間の記録が必要となりました。
残業が付かないにもかかわらず、出退勤の時間を記録することは矛盾することのように思いますが、この趣旨は、これらの人たちにも残業代が付く付かないにかかわらず、会社は健康に配慮して業務をさせなければならない(難しい言葉では「安全配慮義務」という)ことを要請しているからです。

時間外労働の上限規制は、大企業が2019年4月からすでに適用されており、中小企業もこの4月から法の適用が開始されています。

年次有給休暇の5日取得義務化

働き方改革の2つ目のポイントは、年次有給休暇(以下、年休という)の5日取得義務化です。これは年休を10日以上与えられる労働者は、1年のうちに必ず5日の年休を取得しなければならない、というものです。こちらは時間外労働の上限規制と異なり、すべての企業が2019年4月から義務となっています。

直近の厚労省の統計データでは、平成31年の年休取得率は52.4%となっており、先進国の中でも極めて低い数値となっています。こうした背景から、年休取得促進を法律により後押しするものです。年休を「10日以上」与えられる労働者は正社員だけに限られているわけではなく、例えば週4日勤務するパートタイマーは勤続3年6ヶ月を経過すると、年休が10日与えられるため、この5日取得義務の対象となります。同様に週3日勤務するパートタイマーは、5年6ヶ月経過後にこの対象となります。

この5日取得義務を達成していない場合は、罰則(30万円以下の罰金)の対象となりますが、労働者がそれを負担することになるのでしょうか?本来年休は労働者が申請するものというのが前提となっているので、5日取得を達成していないのは労働者の責任とされるイメージがありますが、今回の改正により会社が個々の年休取得状況を管理し、全員が5日取得を達成するようにしなければなりません。つまり義務履行の責任は会社にあるわけです。その意味では労働者の希望を聴いた上で、会社が年休を指定することも可能となったわけです。会社は個々の年休の取得状況を管理するための年休管理簿を作成することも法律上の義務となりました。

同一労働同一賃金

働き方改革の3つ目の大きなポイントは、同一労働同一賃金です。まだまだその考え方は浸透しているとはいいがたく、非常に奥深いもので、企業としてもしっかりと意識付けが必要であり、その対応にはかなりの時間を要するものです。

同一労働同一賃金は、非正規労働者(パートタイマー、有期契約労働者、派遣労働者など)と正規労働者との不合理な待遇差があってはならない、というものです。

具体例をあげながら説明します。例えば賞与の支給については、多くの企業が正社員には支給するが、パートタイマーに支給しないという明確なラインがある企業が多かったと思います。パートタイマーの中には正社員と同等の時間を働くフルタイムパートや勤続が10年以上にもなり一定の役割を担う方もいるでしょう。
同一労働同一賃金では、正社員とパートタイマー等の非正規労働者と比べたうえで、①職務の内容(責任の程度を含む)②職務内容や配置の変更の有無等、③その他の事情を考慮して、正社員と同一であるならば同一の賃金や賞与を支払わなければならず、異なるのであれば、その違いに応じた支給を行わなければなりません。今までのような「パートタイマー=賞与なし、退職金なし」という一律な考え方はできなくなるのです。
上記の①②③を比較したうえで、職務や責任の重さなどを考慮して、正社員「100」対パートタイマー「0」というのは難しくなり、パートタイマーにも貢献に応じた支払いが必要になるということです。その比較のうえで正社員100に対して、パートタイマーについて「均衡(バランス)」の取れた待遇を求めるというのが同一労働同一賃金の考え方です。この正社員と非正規労働者の貢献度のバランスは会社個々、労働者個々に異なるわけですから、会社はこれを精査して、どの程度の待遇差であるかを判定し、労働者にその説明をできるようにしなければなりません。

これは賞与だけでなく、給与の中身である手当(例えば家族手当や住宅手当、皆勤手当など)についても個々に検討する必要があり、正社員に〇〇手当が支給されるが、パートタイマーに支給されない場合は、それがなぜ支給されないのかについて「不合理でない」ことを説明しなければなりません。(説明義務といいます)

同一労働同一賃金については、2020年4月からまず大企業から導入され、中小企業については1年遅れの2021年4月から施行されます。特に中小企業は、この1年間で大企業が同一労働同一賃金に対し、どう対応するのかを注視しておく必要があるでしょう。
中小企業はその動向を見ながら、自社の非正規労働者への待遇を見直さなければなりません。

以上、「働き方改革」の大きな3つのポイントを見ていきましたが、3つ目の同一労働同一賃金は、非正規労働者の占める割合が高いという日本の雇用状況の特性から、今後の労働分野における大きな転換期となる可能性を秘めています。


2020年6月8日