第46回 人称代名詞の多いベトナム語

ベトナム語習得に挑戦する日本人が多くいますが、しかし、途中で断念してしまう日本人も少なくないようです。よく言われているのは、発音が難し過ぎてなかなか通じないため、モチベーションが続かないそうです。さらに、自分や相手を称する代名詞の多さにより難しさが増します。自分のことを称するのは英語では「I」、日本語では「私」ぐらいでとてもシンプルだが、ベトナム語では性別、年上、年下、そして、上下の中でも、同世代なのか、世代が違っているのかで呼び方が違ってきます。お互いの距離感を人称代名詞で表現する感じです。

そういう意味では、日本語も人称代名詞でお互いの関係性を表現している面もあります。「私」以外に「僕」や「俺」も使われますが、主に距離感(親しさ)を表すもので、年齢による上下関係とはあまり関係ないように思います。一方で、ベトナム語の人称代名詞は年齢の上下に直接結びついているので、あらかじめ上下関係を決めてしまいます。そういう言語の特徴なので、ベトナム人は相手の年齢をとても知りたがります。年齢を知らないと、上下関係を確立できない、正確な人称代名詞を使えないため、腑に落ちないわけです。相手の見た目が若いので、自分が年上と思い込んで会話を進めたのち、自分の方が年下とわかって呼び方を変えないといけない、というようなことはよくあります。

私は、このような上下関係を決めてしまう人称代名詞は大きな弊害をもたらしているように思います。それは、努力することを諦めさせることです。「年上の人間は年上であるだけで尊敬を受けている。たまたま年下というだけで年上を敬わないといけない」とされます。仮にコンフリクトがあるとすれば、正面から衝突するか、あるいは衝突しないで我慢するか、のどちらかを選択しないといけないという場合、よほどのことではなければ、衝突しないことを選ぶはずです。能力の高い尖がっている若者をあまり見かけないのも、こういう理由からきているではないかと考えています。

ベトナム企業の多くが、カリスマ経営者(年上)が組織を引っ張っているのは、能力が高く尖がっている部下が少ないことも関係している、と私は考えています。ベトナムを代表する有名なVin Groupでは、面白い方法でこの問題を解決しているので紹介したいと思います。

聞いたところでは、このVin Groupでは創業者のVuong氏のご家族も働いているそうです。仕事上で、奥さんや子供さんと議論することも多いので、上下関係を表す人称代名詞は禁止し、一人称のToi(私)に対し、二人称ではAnh(あなた、男性の場合) 、またはChi (あなた、女性の場合)で統一したそうです。そこから、全社も同じ考え方で、中立な人称代名詞でお互いを呼び、仕事に励んでもらっているとのこと。

ベトナム語の分からない日本人にとって、ベトナム語の人称代名詞は馴染みのない話ですし、関係ないと思われる方が多いでしょう。一見些細な事に聞こえるかもしれませんが、実は、組織運営上で意外とこういう無意識な上下関係が、スタッフの仕事に対しての力の入れ具合(モチベーション)に、大なり小なり影響するものなのです。社長の目が行き渡っている間は社長のカリスマ性で会社組織を統制できますが、管理を人に任せていこうとする時には、くれぐれも「上下関係」より「仕事の質」を第一とする考えを持つことがとても大事です。そういうわけで、VinGroupのやり方を真似するのもありではないでしょうか。