第17回 ビジネスイベント「MICE」で拡大する雇用と経済効果
〜シンガポールの取り組みとは〜
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9月中旬に大阪・関西万博を訪問しました。開催時期が終盤に近づくにつれ、当初は各パビリオンの工事の遅れや、資材費の高騰による予算の大幅の上方修正などが原因で、世間から批判を受けていましたが、駆け込みで来場する人が増加したようで、会場は人・人・人の波。アクセス手段はほぼ地下鉄しかなく、埋め立て地の夢洲(ゆめしま)駅から、会場のゲートにたどり着くまで約2~3時間を要しました。
シンガポールでのMICE経験から見える日本との「差」
筆者はこれまでシンガポールで長年、展示会通訳・イベントスタッフ派遣などの、MICE(Meeting, Incentive, Convention, Exhibition)関連事業に携わってきました。そうした立場から見ると、日本の国際展示会の段取りの悪さが際立っていると痛感せざると得ません。
一方この差は、シンガポールにおけるMICE市場が、さらに成長する可能性を強く感じさられるものでした。
同国は整備されたインフラや高い交通利便性、効率的な運営といった強みがあります。MICE関連のイベントでは、出展者・来場者による宿泊、飲食、移動などで大きな経済効果が生まれます。イベント従事者(物流、会場施工・設営、通訳や派遣スタッフ)など、多くの雇用も生み出すことから、観光業界の成長分野として経済に好循環をもたらすビジネスモデルともいえます。ハード(会場や宿泊)関連を扱う業者だけでなく、ソフト(人材)面のサービスを提供する業者にとってもMICEビジネスは重要です。
このように、MICEイベントは非常に大きな経済波及効果をもたらします。
MICEは「人材」と「雇用」の創出装置でもある
MICEは、物流、会場施工、設営、通訳、受付、誘導などの業務を担うスタッフの需要は高く、人材サービス業にとってもMICEは重要なビジネス領域です。弊社でも、最近では以下の様な案件を担当しました。
- 日本の地方銀行によるシンガポール金融センター視察ツアーでの同行通訳
- 日系企業の現地発表会における受付・誘導スタッフの派遣
このように、ソフト(人材)サービスの活用がMICEの質を左右する要素にもなっています。
「Food Japan」見本市に見る地域発信の現場
2025年10月中旬には、シンガポールで東南アジア最大級の日本食品見本市「Food Japan 2025 食品見本市」が開催され、北海道から沖縄まで、日本全国津々浦々から企業や団体が集まり、地域色豊かな産品が展示されました。まずは東南アジアのハブ拠点であるシンガポールで自社商品の売り込みを図り、将来的に他の東南アジア諸国での展開を見据えるという出展者が多い印象でした。3日間にわたり開催され、出展者や来場者による宿泊・飲食・移動の大きな経済効果をもたらしました。
国家戦略としてのMICE政策
シンガポール政府観光局(STB)が発表した「Tourism(観光) 2040」ロードマップでは、MICE関連の観光収入を2040年までに現状の3倍に拡大する目標を掲げています。
一例としては、自動車レース「F1シンガポール・グランプリ(GP)」が開催され、2008~2024年の観光収入は累計で約2億シンガポールドル(約233億円)に達したといわれます。
また、2024年3月にシンガポールで開催された米人気歌手テイラー・スウィフト氏のコンサートでは、近隣諸国も含め世界中から多くの観客が訪れ、宿泊費が通常時と比べて2倍近くに高騰したことも記憶に新しいところです。
最大の課題は「コスト」――円安の影響も
シンガポールでのMICEビジネスで問題点があるとすれば、やはりコストの高さが挙げられます。日本の地方自治体から視察・商談会に関する人材派遣のご依頼をいただく際も、見積りを提示すると「費用が高い」と辞退されるケースが増えています。昨今の円安とシンガポールドル高の影響で予算が取れないことが大きな要因となっています。
今後の展望――質の高い人材が価値を生む
しかし、コストの課題を差し引いてもシンガポールのMICEビジネスには大きな成長の余地があるといえるでしょう。天然資源を持たない同国が、政府が成長分野の一つにMICEを位置づけていることからもその重要性がうかがえます。
特に、質の高い人材サービスは競争力の源泉となり、単なる派遣にとどまらない高度なサービス提供が求められるようになるでしょう。
多くの日系企業は、シンガポールをハブとして、東南アジア諸国への拡大を見据えていることからも、今後のシンガポールにおける日本の人事・人材業界にとっては、この潮流は大きなビジネスチャンスといえます。