第16回 雇用トラブルを防ぐ「雇用契約書」と「職務記述書(JD)」の重要性

Institute for Economics & Peace(経済平和研究所)が発表した「世界平和度指数(Global Peace Index)」によると、シンガポールは世界で第6位にランクインし、アジアで最も平和な国と評価されました(上位国は北欧諸国)。特に治安関係・犯罪率の低さ、検挙率の高さが高く評価されています。
また、女性が夜10時以降でも公共交通機関を利用して外出できる国は、シンガポールを含めそれほど多くはありません。ちなみに日本は12位でした。最近殺人事件が多いのはシンガポールより日本の方だと感じます。

治安が良いからこそ人気の就労先、シンガポール

治安の良いシンガポールで働きたいと考えている人は多く、特に比較的治安面で不安のある欧米諸国より安心して生活できる環境があります。また日本との時差が少ないことも一つの要因です。
近年特に留学生に厳しくなったアメリカや、移民の増加によって治安が悪化している欧州では、日本からの留学生も二の足を踏んでしまう傾向があります。シンガポールは公用語が英語でありながら、同じアジア民族の国ということで親和性も高いことから人気があります。現在就労ビザ取得は厳しい状況が続いているものの、特に女性を中心にシンガポールでの就労を希望する人は多く見られます。

雇用契約書は「口約束」ではなく、必ず書面で

シンガポールでは雇用関係が成立する際には、「雇用契約書」を取り交わします。しかし、実際には「口約束」で雇用条件を決めてしまうケースも少なくありません。特に日系企業では、就「職」でなく就「社」の傾向が強く、職務記述書(JD:JOB DESCRIPTION)も曖昧なままのケースが多く見られます。

ある欧米系企業のJDを拝見した際、2ページにわたって職務がきめ細かく明記されていました。その職務を遂行できない場合は解雇の対象とされ、逆に「それ以外」の職務を命じる場合は「契約違反」となり、そもそも雇用主も被雇用者も職務以上の事はしないことが前提となっているのです。

口約束によるトラブル事例とその背景

最近では、ある飲食業で人手が足りない中、外部とスキルの異なるパート社員を五月雨式に採用したものの、口約束の時給と実際に支払われた時給のマイナス差額が複数のケースで発生したケースがありました。現場と給与支給担当者の間での差異が生じ、結果的に追加支給を来月に回すことにしました。

原因は、雇用契約を正式に結ばずに、「口約束」で勤務させたことで、さらに「人」や「経験」によって時給を個別に設定していたため、統一基準がなかったことにあります。

また、ある日系企業では面接時に「口約束」したポジションと実際の仕事内容が異なっていたため、採用後にトラブルが発生したケースもありました。
入社前に聞いていた内容と、実際にやってもらうべき職務内容が違っていたことで、その結果、社員は不信感を抱き、評価者からも低い評価を受けることになりました。結局試用期間内で不本意ながら退職を余儀なくされてしまいました。

たとえ短期間のパートタイムでも「言った・言わない」のトラブルを防ぐためには、雇用契約書の締結が不可欠です。欧米系企業ほど厳しくする必要はないものの、JDに関してはポジションに応じた内容を明確にし、労使双方が安心で働ける環境が求められます。

日系企業では終身雇用がしばらく続いており「社」と契約という考えが主流でしたが、シンガポールではどちらかと言うと「職」との契約であることから、「いいから何でもやれ」では通用せず、少なくともJDに関しては詳しく明記する必要があります。