第15回 日本の最低賃金とシンガポールの累積賃金モデル(PWM)

最近の日本発のニュースによると、2025年10月から最低賃金が引き上げられ、現在900円台の31県を含め、全ての都道府県で1,000円を超える見通しとなりました。東京都は現行の1,163円から63円引き上げられ1,226円に改正されます。さらに秋田県では、2026年3月にも追加で引き上げられ、1,031円になる予定です。一方で、時給引き上げ合戦による人材獲得競争の過熱が懸念されていますが、企業同士が競争することで賃上げも加速する可能性があります。
シンガポールには「最低賃金制度」はありません
これに対し、シンガポールには法律で定められた「最低賃金制度」は存在しません。雇用契約は基本的に雇用主と被雇用者との間で交渉され、合意に基づいて成立するため、極端な話、時給5ドルでも50ドルでも合意があれば契約は有効です。(実際駅前でビラ配りをしている人の時給は5ドルと聞いたことがあります。)
ただし、外国人労働者の場合は別で、EP(Employment Pass)やS Passを取得するための最低賃金が設けられており、それを満たさなければそもそも就労が許可されません。一方、外国籍の大学生やワーキングホリデービザ保持者のアルバイトは、上述最低賃金の規定はなく、自由に設定可能です。しかし、競争力のない時給を提示しても人材は集まらないため、特に飲食業では、市場よりやや高めの時給を設定する必要があります。

突然の発表 — シンガポールの累積賃金モデル(PWM)
今月8月11日にシンガポール政府より新たなプログレッシブ・ウェッジ・モデル(PWM・累進賃金モデル)が提示されました。対象は主に小売業など一部の業種です。驚かされるのは、発表から施行までの期間が短いことで、20日後の9月1日から適応されるとのことで、人件費を抑制しつつ売上確保に努めてきた流通業にとっては、まさに「寝耳に水」です。
例えば、一般的な販売員やレジ係の給与は現行のPWMでは入社時に2,175ドル、試用期間後に2,200ドルとしているとケースが一般的ですが、2025年9月1日から2,305ドルと6%もアップとなり、2026年9月からは2,435ドル、2027年9月からは2,565ドルと毎年金額では130ドルずつ上がっていく予定です。
企業に求められる対応は?
小売業の経営者の立場から見ると、人材確保にはプラスに働く一方、PWMに沿って賃金を引き上げる小売業とそうでない企業の間に「格差」が生まれ、結果的に賃上げした「勝ち組」の企業に人材が集中することが予測されます。一方賃金上昇圧力や高騰する賃料によって、小売業の中にはシンガポールからの撤退という選択を余儀なくされる企業が出てくるかもしれません。今後、小売業者はセルフレジの導入や、AIを活用した発注システムなど、人に依存しない生産性向上の取り組みを加速させる必要があります。