第11回 突然の退職届提出への対応

日本では4月1日から新年度が始まり、ここシンガポールの多くの日系企業の会計年度も新年度となり再スタートとなるケースがほとんどです。各企業の入社式も概ね4月第一週に行うことが多く、新卒社員にとっては、社会人1年生として世界経済の中の一員として第一歩を踏み出しました。

日本の採用での特色の一つとして、4月に「新卒一括採用」と世界的に見れば稀有な採用方法があります。大学生は3年生の頃から就職を意識するようになり、就職説明会に足を運び、希望の企業に入る努力をします。一方、近年の傾向として多大な努力をして入社したにも関わらず、1日2日で退職してしまうケースが一定数発生していると報道などで取り上げられています。

入社直後に退職する主な理由

  • 自分が希望した配属先と違っていた
  • 入社前にイメージしていた人間関係と違っていた
  • どうしても第一希望の会社に入りたかった

などが挙げられます。
最近では退職代行サービスの利用が一般的になりつつあり、入社してすぐ退職する手段として広く知られるようになりました。

シンガポールの人材事情の違い

シンガポールでは「退職代行サービス」のようなビジネスはまず成り立ちません。そもそもシンガポール人のマインドとしては、入社した日から既に他の転職機会を探しているとも言われるほど転職意欲が高いのが特徴です。
企業としては、採用経費(募集広告、人材紹介会社へ支払う手数料、就労許可証の取得費用など)を掛けて採用した社員から「退職届」が提出されると大きな損失となります。

シンガポールで事業展開している日系企業が驚くのは、仕事上や待遇面で満足していると思っていた社員からなんの前兆もなく「退職届」が提出されることです。そうした場合、経営者は「二者択一」が迫られます。

退職届提出への対応パターン

その1:

代替が可能、またはポジションの重要度が低い場合(軽微な損失)
特に入社後間もない社員から退職届が出る場合は、企業としてのダメージは採用経費がかかっているものの比較的軽微なので、淡々と最終勤務日、有給休暇日数の消化後の最終所属(給料)日の設定をすれば問題ありません。残有給に関しては退職までに消化させる場合と、次の方への引き継ぎで残ってもらいたい場合は最終勤務日=最終所属日となります。

その2:

代替えが難しい、または戦力として重要な人材の場合(大きな損失)
まずは退職したい理由を聞き、退職届は受け取らず(受け取った時点で退職が了承されることになるので要注意です)、はじっくり相談することが必要です。もちろんどこの国でも「職業選択の自由」はあるものの、優秀な社員に関しては、全力で引き留めなければなりません。退職理由が待遇面(給料)であれば、周りとのバランスとかは度外視して、唯一無二の存在として個別対応し、企業にとって必要不可欠な存在であることをはっきり伝え慰留することにより、翻意を促し、退職の意を変えることができる可能性があります。

人間関係による退職は引き留めが難しい

ただ、退職の理由が「人間関係」の場合は大きな企業であれば、配置転換等に職場の環境を変えて慰留することは可能かもしれませんが、小さい企業であれば、上司を変えることは不可能であり、この場合は、処遇は改善されたとしても、それ以上に「人間関係」に問題があるようであれば、引き留めは難しいでしょう。

事前の予防と日常的な会話がカギ

いずれにいたしましても、経営者は、突然の退職届提出に右往左往されないよう、日常的に社員とコミュニケーションをとり、定期的な面談などを通じて小さな不満や兆候に気づくことが重要です。
社員の不安や兆候を吸い上げる体制を整えておくことが、突然の人材流出を未然に防ぐ最大の予防策になります。