4.希望退職制度の設計と運用
目次
- はじめに
- 1.希望退職制度
- 1-1.希望退職制度の設計
- 1-1-1.希望退職を募る目的を明確にする
- 1-1-2.対象者の属性と目標人数の決定
- 1-1-3.募集期間
- 1-1-4.退職日
- 1-1-5.最終出社日
- 1-1-6.退職の強要は出来ない
- 1-1-7.特別に慰留する社員
- 1-1-8.通常退職金の支給
- 1-1-9.割増退職金
- 1-2.希望退職制度の運用
- 1-2-1.退職手続き
- 1-2-2.再就職支援(金)
- 1-2-3.キャリアカウンセラー相談室の設置
- 1-2-4.未払い給与・賞与の支払い
- 1-2-5.未消化有給休暇
- 1-2-6.勤務免除
- 1-2-7.問い合わせ先
- 1-3.希望退職制度のメリットおよびデメリット
- 1-4.目標人員の応募がなかった場合
- 2.類似の退職制度
- 2-1.早期退職制度
- 2-2.選択定年制度
- おわりに
はじめに
会社は、経営不振や事業縮小など使用者側の事情による人員削減のために、やむをえず「整理解雇」を行うことがあります。この種の解雇は会社がとる最終手段に近く、会社の存続が危ぶまれる状況でのみ行うもので、どうしても人員削減を実施せざるを得ない場合も、もっと穏便な形での削減を行いたいものです。そのような場合に実施するのが、希望退職制度です。全社的収益の悪化、特定の部門の縮小、閉鎖や売却、あるいは選択と集中による経営方針の転換など、急激な社会、業界、社内の変化に対応するための是正措置であり、危機管理施策の一環です。これは会社の都合による人員整理ですので、会社都合退職とみなされます。本稿では、希望退職制度の設計と運用を中心に述べますが、最後に類似の制度についても触れます。
1.希望退職制度
希望退職制度は、会社と社員に与える影響の大きさから慎重に取り扱うべきものです。この制度の誤った実施は社員の動揺を引き起こし、モラルや会社忠誠心の低下をもたらします。本制度は他の類似制度と異なり、有期限の制度ですので、目標が達成されたら速やかに廃止すべきです。以下で、本制度を設計と運用の両面から説明します。
1-1.希望退職制度の設計
ここでは、希望退職制度はどのような制度であるのか、また制度の目的、対象、期間、その他留意するべきポイントについて記載しています。
1-1-1.希望退職を募る目的を明確にする
人員削減は、会社にとっても社員にとっても、最大級の重要事項であり関心事項です。そのため希望退職を実施する場合は、会社は何のためにそのような政策を実施せざるを得ないのか、社員に納得できる理由を説明する必要があります。その例として以下の事由があります。
- ①特定の部門・職種が社内外の環境変化により、不要ないし縮小となったので、該当部門・職種の社員を削減したい。
- ②年齢構成上特定の年齢層が多いので、適正数まで削減したい。
(以前は50歳以上でしたが、最近は40歳代まで下がってきています。) - ③特定の職位(課長等)の社員が過剰なので、職位間のバランスを保つために適正化したい。
1-1-2.対象者の属性と目標人数の決定
全社員を対象にする場合もありますが、そのようなケースは稀で、一般的には以下の例のように社員の一部分を対象にすることが多いです。上記1-1-1の目的の明確化と密接に関連します。
- ①正社員
- ②一定勤続年数(例20年)以上
- ③一定年齢(例40歳)以上
- ④一定の役職者(例課長以上)
1-1-3.募集期間
社員のモラル面への配慮、会社の事務手続き上の便宜等により、募集期間を設けることが必要です。3週間程度が合理的だと思います。だらだらとこの期間を長引かせるのは、社員の士気の低下を招きやすいからです。
1-1-4.退職日
退職日は、希望退職者の速やかな退職を促すために、また事務処理の便宜のために、特定の月日に決めます。月末日、特に年度決算日に設定すると、退職者にとっても会社にとっても好都合です。ただし、退職者の都合により決められた退職日以前に退職を希望する場合は、認めるのが一般的です。
1-1-5.最終出社日
退職日は該当退職者に共通の場合でも、最終出社日は本人の未消化有給休暇数等により異なります。最終出社日の決定は、本人、上司、人事で相談の上、仕事の引継ぎ等に支障をきたさないようにする必要があります。
1-1-6.退職の強要は出来ない
希望退職は会社からの退職希望者の募集ですので、決して退職強要をしてはなりません。会社が出来るのは、会社からのお願い形式の退職勧奨です。したがって、社員に応じる義務はありません。
1-1-7.特別に慰留する社員
本制度に応募した社員のうち、会社が業務上の必要から慰留したい社員は、その申し込みを承認しないことが出来ます。その場合は応募を撤回してもらうことになりますが、どうしても撤回しない場合は、通常の自己都合退職扱いとなりますので、割増金等の優遇措置の適用はありません。
1-1-8.通常退職金の支給
通常、退職金の支払いは会社都合支給となり、一般的に自己都合支給額と比べて有利です。雇用保険上の手続きも会社都合扱いとなり、周知の通り、会社都合退職は自己都合退職と比較して、雇用保険の受給待機期間が短く、給付日数が長くなる可能性があります。
1-1-9.割増退職金
割増退職金は、業種や会社によりまちまちです。最終的には、会社の支払い余力によります。割増退職金の決定は、希望退職制度設計の上で、最も難しい部分です。多過ぎると必要以上に多くの退職希望者が応募し、少な過ぎると必要退職者数の確保が困難となります。同業界に同規模会社の前例が存在する場合は、それらを参考にします。
その算出方法の例を示します。
- ①退職金算出用基本給に勤続年数や年齢に応じた割増金算出係数を乗じる。
- ②年齢や勤続年数に応じて一定額を設定する。
- ③退職時役職に応じて、一定額を設定する。
1-2.希望退職制度の運用
円満な退職とするために、以下の点に留意して制度を運用してください。デリケートな問題ですので、社員の感情に配慮することも大切です。
1-2-1.退職手続き
将来、退職に関して問題が発生しないように、次のような書類を徴収する必要があります。
- ①希望退職は会社都合退職とはいえ、本人の希望退職にあたるので「退職願」
- ②退職条件に合意する旨の「確認書」
- ③退職後の情報漏洩を防ぐための「秘密保持契約書」
退職決定者には、人事部から「退職者のしおり」のような小冊子を作成して配布します。内容は社会保険や税金等、退職前後に必要な手続きを記述したものです。
1-2-2.再就職支援(金)
転職経験が少ない社員にとっては、再就職ができるかどうかが退職後最大の課題になると思います。そこで、再就職支援を退職条件に加えることを勧めます。人材紹介会社や再就職支援専門会社が、このような支援を代行してくれます。支援内容は、再就職先の紹介、履歴書の添削、模擬面接の実施などです。再就職活動を自分でできるという社員には、再就職支援費用相当分を現金で支給します。
1-2-3.キャリアカウンセラー相談室の設置
再就職支援を受ける受けないに関わらず、再就職に関して、相談に乗ってくれる専門家が身近にいると心強いものです。退職者のために、再就職相談室のような施設を社内あるいは社外に設けて、退職後の再就職活動や生活設計等について広範囲な相談ができるようにします。相談内容についてはプライバシーの保護を厳格に守るようにします。カウンセラーは、人事部の適格者、そのような社員が不在の場合は、再就職支援会社からの派遣を求めます。相談室の利用は例えば、週に2~3日、開設時間は10時~16時、利用期間は退職者募集開始日から退職日まで、とします。
1-2-4.未払い給与・賞与の支払い
未払い給与は、平均月次給与に該当日数を乗じて算出します。賞与は本来支給日に在籍していることを必要としますが、このような場合は、賞与対象期間の内、在職日数で按分して支払います。
1-2-5.未消化有給休暇
退職日までの未消化有給休暇は、平均月次給与等を使用して、会社が買い上げるのが良いです。
1-2-6.勤務免除
退職が決定した社員は、退職日前で再就職先が決まるまでの間、再就職活動支援の一環として、退職日まで必要に応じて勤務を免除するのも、思いやりのある施策です。
1-2-7.問い合わせ先
通常は、人事部の特定の1名ないし2名を指名して、退職関連の問い合わせ先とします。デリケートな対応が要求されますので、担当者は退職者に寄り添う姿勢が大切です。
1-3.希望退職制度のメリットおよびデメリット
【メリット】
- ①社内の若返りを促進させ、若手の登用の機会が増えることにより、会社が精鋭化し、活性化する。
- ②中長期的に労務費の削減になり、会社の損益の改善に寄与する。
- ③通常退職手当の割増を支給することで、社員のセカンド・キャリアの支援となる。
- ④会社が、現在から将来にわたり必要とする知識・技能・能力を有する社員の採用の余地を拡大させる。
【デメリット】
- ①技術・ノウハウ・知識を保有した社員の流出により、それらの社内蓄積が低下する事があり、ベテラン社員から若手社員への技術移転の機会が減り、社内の技術の断絶が生じる可能性がある。
- ②このような制度を設けることにより、経営危機と思われ、会社に対する信頼感の損傷、愛社精神の希薄化と一体感の喪失が生じうる上、残った社員の業務負荷の増大や将来不安によるモチベーションの低下が起こり得る。
- ③割増退職金や再就職支援費用の支出等により、短期的にはコストが増大する。
- ④想定以上の退職希望者が出て、事業運営に支障をきたす可能性がある。
1-4.目標人員の応募がなかった場合
応募数が目標人員に届かなかった場合は、あまり時間を置かずに、再募集を行います。その場合、退職条件等は最初の条件を変えないようにします。より良くすると、待てばさらに良い条件が出るのではないかと思わせることになり、運用に支障をきたします。
2.類似の退職制度
類似の退職制度として、早期退職制度と選択定年制度があります。以下のような特徴があります。
2-1.早期退職制度
社員が、自分の意志で定年を迎える前に早期退職を選択できる制度です。恒常的制度で、一定の条件を満たす社員はいつでも応募できます。この制度は平時に行われ、会社の生産性の向上、収益力の増強等会社側から見ると、前向きな施策ととらえることが多いです。本制度は社員の意志による退職であることから、自己都合退職扱いとなります。
2-2.選択定年制度
あらかじめ会社が選択できる定年年齢期間を定めておき、社員が、事前に、その期間の中から自身が希望する定年年齢を選択できる制度です。例えば、65歳定年であれば、50歳、55歳、60歳等です。選択する年齢により、割増金等の優遇条件は異なり、通常、若年齢であるほど優遇条件は社員に有利に設定されます。本制度は恒久的制度として設定される場合が多いです。選択定年の最も若い年齢に到達する1~2年前に、該当する社員に説明を行います。本制度は自己都合退職です。
おわりに
会社は、一定の体力がある限りは、希望退職制度、早期退職制度、選択定年制度等の人員削減施策を安易に実施すべきではありません。ますます深まる人材難時代には、持てる人的資源を再教育等により、より生産性の高い社員にレベルアップするのが正しい方向だと思います。退職優遇条件(割増退職金、再就職支援等)のために支出する金額をリスキリング等の支出に振り向けることで、内部人材の底上げが期待できます。
それゆえ、特に一定年齢等以上になったら、特別の優遇条件を受けて退職できるとする制度を、恒久的に設置するのは望ましくないと思います。往々にして “隣の芝生は青い”ので、自社の社員の資質・能力を実際より低く見る経営者もありますが、平均的に見て自社社員が、競合他社に比べて、相対的に低いというのは稀です。
最後に、希望退職を実施する場合は、外部からの採用は一時的に中止する配慮が望まれます。新規採用者に、明らかに退職者が保有していない専門知識・技術・能力を求める場合でも、「会社に採用余力があるのに、なぜ希望退職を実施するのか」という素朴な疑問を、社員に生じさせない配慮が必要です。